リリカル鬱日記:草稿@Pikachu’s Gallery

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さるさる日記
■2001/04/08 (日) ピカチュウ(4)

(3より続く)
  
  10月1日、音大からの帰り道にみた玩具店は、異様な雰囲気に満ちていました。店からは、大きな黄色いぬいぐるみを抱えたお父さん達が途切れることなく出てきます。ピカチュウ1/1ぬいぐるみ を買った人たちです。店の前には、ピカたちを入れていたと思しきダンボール箱のなれの果てが、渦高く積み上がっていました。殆ど見えなくなりそうなショーケースの上部には、ピカちゃんが相変わらず「見本」のプラカードを持って、嬉しそうにそこにいました。

  またその後、毎週4回、月曜と木曜の朝と晩、足立玩具店の前に立つ私の姿がありました。ショーケースの中のピカちゃんは、だんだん色が飛んできたような気がしましたが、それさえ私には魅力と感じられました。ピカチュウ1/1ぬいぐるみ の人気は、当年全ぬいぐるみ売上数の2位に食い込むものでしたが、さすがに10月後半ともなると、黄色い包みを持った人たちとすれ違うことも減りました。そして、ピカちゃんの持っているプラカードは、
「よろしくね」
「絶賛発売中」
などなど、頻繁に書き換えられるようになりました。それでも「見本」の2文字だけは、無情にも外れることはなかったのです。私の片思いは2ヶ月に及びました。

  そして、11月、奇跡は起こったのです。友人の出産祝いにピカチュウぬいぐるみを買おうと、足立玩具店を訪れた私の目に飛び込んできたもの! それは、ピカちゃんの胸に掲げられた
「6800円」
の数字でした。「見本」とはどこにも書いてありません! 喜びのあまり私は”ねこ”の会社に電話をかけました。
「いまから、ピカちゃん買って帰るから!」
それは、宣言でした。ピカちゃんはいつもと同じように嬉しそうでした。夕日に毛並みも輝いています。私は、彼女を横目で見ながら、薄ら笑いを浮かべて大股で店に入り、売り子のおばさんに詰め寄りました。
「あの表にいるピカチュウを下さい!」

(5に続く)

■2001/04/08 (日) ピカチュウ(3)

(2より続く)

  数いるピカチュウの中でも、私が一番愛しているのは”ピカちゃん”(ピカチュウ1/1ぬいぐるみ First Ver.)です。彼女は予約受付用の見本品として、製品売り出し(10月1日発売)前の9月、上述の「足立玩具店」に来たのでした。はじめてピカちゃんを見た日、音大からの帰り、疲れきった私の目に彼女の黄色は ただただ眩しく、一瞬にして私は彼女のとりことなったのです。
  「なんと美しいぬいぐるみだろう!」
私はピカちゃんに見とれました。心の中で”ピカちゃん”と呼びかけました。美しい毛並み。立派な、水牛のような耳。おにぎりのような安定感のある体型。くるりんとした愛らしい口元。そこはかとなく”フルヘッヘンド”な(うずたかくなっている)”はす”(遠州弁で動物の口鼻の盛り上がった部分を指す)。どこを取っても素晴らしい! しかし、非情にも彼女の胸にかかるメッセージ。そこには、
「見本」
とだけありました。ピカと自分との間のガラスの冷たさに涙し、その厚みを永遠のように感じていた私でありました。
  
  その後、毎週4回、月曜と木曜の朝と晩、足立玩具店の前に立つ私の姿がありました。朝は出勤前の人ごみの中、わざわざ遠回りをして明かりの消えたショーケースの中のピカちゃんに挨拶しました。帰りには、店主が嫌がって外へ見張りに出るほど長い間、私はピカちゃんに見とれていました。
「家に連れて帰れなくてもいい。いつでもここで会えるなら。」
私のプラトニックラブは、一つの結論を出していました。

(4に続く)

■2001/04/08 (日) ピカチュウ(2)

(1より続く)

  どのくらいはまっているかというと、”ねこ”が作っているホームページの方には「ピカチュウの部屋」を作ってもらっているくらい。旅行先でパチモンピカチュウを見つけると思わず買ってしまうくらい。ピカチュウ好きが知れ渡って、周りの人がピカ収集に協力してくれるくらい。家中どの方向を見ても、黄色い物体の群れが目にとまるくらい。”明治カール”の”ピカチュウおしゃべり貯金箱”がどうしても欲しくて、90日間ぶっとおしでカールを食べ続けても幸せだと思えたくらい(太らなかったどころか、胃を壊してやせた…)。仕事を始めたばかりの頃は、給料の殆どをピカにぶっこんでいたくらい。押入れの半分がピカチュウファイル(二次元ものはファイルして保存)で埋まるくらい。学生が初めて家に遊びにくると、笑ったあと無言になるくらい(あきれてるの?)。道にピカチュウのついたもの(菓子の包み紙だろうが、ブリックパックだろうが)が捨ててあると、拾ってきてコレクションに加えるくらい(変態度高し!)。そして、ますます家は狭くなる…。
=============

(3に続く)

■2001/04/08 (日) ピカチュウ(1)

さるさるさんへ、

  私の外見にもっとも大きな特徴を与えている、”ピカチュウ”の話を忘れていました。この「黄色いヒト」抜きに私の自己紹介は完結しません。(これは”ねこ”の時にも使ったフレーズだな…)

  私は一切ゲームをしないタイプなのですが(あまりにも負けず嫌いで、負ける可能性がある勝負には手を出さない私。だから、宝くじも買わない!)、ピカチュウが好きです。はっきり言って愛しています。一目ぼれです。

  私とピカチュウとの最初の出会いは、横浜の『足立玩具店』(私はそこをひそかに『ピカ屋』と呼んでいた)でした。5年前のその日、そこのショーケースは、レンガのように積み上げられた黄色と黒の物体で、上から下まで埋め尽くされていたのです。
「なんなんだ、これはーッ!!!!?」
私は叫び、一緒にいた”猫”を振り切って、走り出しておりました。幼少期、踏み切りの隣で育った私は、「黄色&黒&赤」という組み合わせが異様に好きで、工事現場なんかをうっとりと眺めてしまう変態なのです。(よだれも出ちゃう… あうあう…)
  ガラス全面に張り付いていた黄色い軍団は、お腹を押すと
「ひほっ」
と、鳴くかわいいピカチュウぬいぐるみ:”ひほ”(家での名前。家では全ピカにそれぞれの名前がついている。はっきりいって登録商標は無視)でした。そのとき、初めて「ピカチュウ」なるものを知った私は、そのまま… ずるずる… と、ピカの魅力にはまっていったのです。

(2に続く)

■2001/04/08 (日) イタリア語講師モード(2)

  某音大は16日、某大学は17日が最初の出講日と判明した。あと、一週間はリハビリタイムだ。
  
  毎年、最初の授業時間は学生に「自己紹介&この授業に望むこと&今年の目標」を発表してもらうことにしている。この「目標」を元に参考書等のアドバイスをしたり、講師の人となりを知ってもらうことになるわけだが、ワケアッテだかサボりだか、この大切な一回目を休んでしまう人もいる。困ったことだ。

  というわけで、開校日からは『イタリア語講座モード』も開始することにする。学生諸氏にはココのアドレスを教えて、色々な情報を得てもらうことにしよう。メールでの質問も時間の許す限り、私の知識の及ぶ限り、受け付ける。予習・復習(テスト前にコレをやってる人はかなりえらいと思う。私は因みにやったことがない…)の手助けとなれば幸いである。

■2001/04/08 (日) イタリア語講師モード(1)

  某音大も、某大学も不親切なので、最初の講義の日に学校へ出かけていくまで
”開校日はいつか?”
という物凄く重要なことを教えてくれない。だから、ボケボケの私は、明日から出勤するのか、それとも今までどおり朝寝をしていいのか、この期に及んでまだわからない…。

  先ほど、今年度からは某音大でも働くことになったフランス語の先輩から、
「授業計画書に使用する教科書名を書いただけで、購買部への書類は渡されていないけど、ちゃんと事務が出版社に発注してくれるのだろうか」
との質問メールが来た。教科書の発注は事務に任せておいてよいのか? 答えは、
「任せられるわけねぇだろーッ!」
である。あの学校に関しては「ちゃんと!」なんて言葉、一切通用しない。
  給料に関してでさえ、4月分は、こちらがちゃんと調べないと大いに間違っている(2コマ分くらい少ない)ことがあるくらいで、全く気が抜けない。(私も一年目は間違われた!!!!)

  一応、出版社にも「事務から連絡が行くと思いますが、…」と前置きつきで伝えておいた方が良いだろう、と返事しておいた。
  
  因みにイタリア語は、全員同じ教科書を使うので、今年は! そういう心配がないが、最初の年、教室で教科書を売らされた(自分のクラスに関しては、私がお金の管理させられた)のは、一生忘れられない恨みだ。しかも発注した教科書は、金を集めた半年後に届いた…。まったく学生には申し訳ないことをした、と今でも悔やむ。

■2001/04/07 (土) 猫の咽喉(2)

(続き)

『やべぇ、オーバードーズかも…。』
彼は確か夕方、パブロンを飲んでいたはず。あれは夕食の後だった。ということは、まだ売薬を摂取してから4時間経っていない! 彼の息遣いが落ち着いてくるにつれ、このまま”ねこ”は永眠するんじゃないか、という私の不安は増していきました。

  私の座右の銘は「人間いたるところに青山あり」で、自分が死ぬ分には例え次の瞬間でもかまわないのですが、”ねこ”が先立つのだけは辛い。これで猫が動かなくなったり、冷たくなったりしてしまったら、私は何でもっと早く『カレーの市民』のような死を選んでおかなかったのかと後悔するでしょう。小学生の時から、ずっと英雄的な死を迎える機会を狙っていたのに、夫に先に逝かれてしまうなんて、私の人生設計が根底から覆ってしまいます。

  最後は彼の脈を取りながら眠った私です。今朝、”ねこ”に起こされたときは、嬉しかったなぁ…。にゃぁちゃんが標準体重をオーバーしてることも幸いしたのか知らん?

  猫には、さっさと医者に行って欲しい まりぃ でした。

■2001/04/07 (土) ”ねこ”の咽喉(1)

さるさるさんへ、

  鬼怒川へ行っている間、数日間よくなっていた”ねこ”の咽喉の具合が、また悪くなってしまいました。夜、床に就くと絶えず咳払いをしたり、うなったりし、
「咽喉が腫れたようで、息が詰まる」
とか、
「おとなしく寝られるものなら寝たい!」
とか言いつづけるのであります。隣で”ねこ”がうなってちゃ、私も眠れないんだけどな…。

  猫の症状に気づいたのは、私が風呂から上がって、さぁ寝ようと横になってから。時刻は0時半。一体、いつからこうなっていたんだろう? 実家(親は医者)に電話をかけるのは憚られる時間ですが、呼吸が止まるというなら事態は深刻なので、救急病院に行こうと提案しました。しかし、病院行きはさしたる理由もなく(ただ、それは嫌だというだけで)却下。ええい! この頑固ねこめ!! でも咽喉は苦しいというし、風邪薬は効かないそうだし…。このまま眠れなかったら翌日の会社はどうなるんだよ? 頭ボケボケのデスクって役に立つのか知らん?

「何かのアレルギーかもしれない。」
という、”ねこ”の何の根拠もない(一応、毎年同じ時期に同じような症状を訴えるという事実はあるが)思いつきから、抗アレルギー剤のゼスランを飲ませてみました。
「アレルギーによる炎症なら、鼻炎であろうが、皮膚炎であろうが、咽頭炎であろうが、これで治まるはずだから。」
と、猫には説明。薬への絶対の信頼を導きます。そうすると実際、プラシーボ効果かもしれませんが、猫はだんだん落ち着いてきました。咽喉の不快感が取れてきたのです。しかし、そこに至って、鳥肌の立つような不安が私の心をよぎりました。

(続く)

■2001/04/06 (金) 夕食は Spaghetti al pomodoro

さるさるさんへ、

  いつものように9時帰宅の”ねこ”は、トマト味スパゲッティ(だけ!)を食べて満足してくれました。うん、人間ができてる。でも本心は、冷蔵庫に入ってるほかのお惣菜も食べて欲しい私です。(猫は夕食に何か一品食べるとそれだけでお腹が一杯になってしまう不思議な人です。まさか、私と付き合い始めてから体質が変わったとかじゃぁないだろうな!?)

  料理中に、一度の火傷をしました。ソースを作っているとき圧力鍋に手の甲を当ててしまったのです。すぐ冷やしましたが、赤くなっているし今も痛い。

  火傷といへば、おととしの内蒙古旅行を思い出します。帰りの北京のホテルで電気湯沸し器をひっくり返した私は、右大腿部にポット一杯分の熱湯を被ってしまったのでした。結果は、全治一ヶ月の重傷火傷と、現在も残るその痕跡。お風呂などで温まると、あかく、太陽のプロミネンスのような模様が私の右脚に浮かび上がります。(見ようによってはかっこいいので、本人はちょっと気に入っているんだけどね)
  中国の病院内部を見学できて、ちょっと得した気分の私。

  …と、ここまで書いたところで ねこにこのページを発見されてしまいました! くっそう、秘密にしておこうと思ったのに! ではでは

■2001/04/06 (金) ”ねこ”(2)

  その日、私は演習の準備でモリエールと格闘しておりました。だから、電話帳はおろか、大学の名簿にさえ記載していない部屋の電話が鳴り、
「M(ねこの苗字)です。」
と、名乗られたときは、死ぬほどびっくりしたわけです。はぁ!???? なんで? どうして?
「えー?????! Mさん? Mさん?」
と、延々10分はアホのように繰り返していた私…。彼がどうやって私の番号を調べたかは今もって謎とされています。

  その前日、”ねこ”から −サンダーバードのパフォーマンスのチケットが1枚余ったので一緒に行かないか− という主旨の(詳細はさすがに忘れた)メールを貰っていた私は、それを(勿体無くも)丁重にお断りしていたのでした。しかし、
「待ち合わせはどこにしましょう?」
まったく動ぜず、マイペースにも”ねこ”は言いました。おいおい…。 こー とー わったでしょー? メール見てないの? 
  当時、誰ともオフラインで付き合わないことに決めていた私は、それから何度も何度も丁寧に し・つ・こ・く! こちらの意思を伝えましたが、
「で、待ち合わせはどうしましょう?」
と、まったく動ぜず、マイペースな”ねこ”は、繰り返しました。そして最後は私が折れました。(勿論、予習も撃沈しました…)
  2時間に渡る攻防の果て、我々は某所にて
「トルコ語の辞書」と「イタリアの国語辞典」をお互いの目印に、会うことを決めたのでした。

教訓:”ねこ”は実行力があり、意外と頑固である。


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