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■2004/07/31 (土)
7月のココロの肥やし |
<本>
・「スコットランド 歴史を歩く」 高橋哲雄著(岩波新書)
帰りの飛行機の中で読んできたが、行く前に読んだ方が良かったかも?
通史ではないのでコレを読む前に、軽くスコットランド史をおさらいしておいた方が無難だと思った。
・“Harry Potter and the Prisoner of Azkaban”by J.K.Rawling
日本語訳で読んでるはずなんだけど、いろいろ忘れてるので映画鑑賞前に復習。
映画は明日観に行くつもり。
・“A Handful of Dust” by Evelyn Waugh
ちなみに映画公開時のタイトルは『ハンドフル・オブ・ダスト』。
もう少しマシな邦題考えつかなかったものか。

<イベント>
・大銀座落語会(7月19日 Fブロック)
お目当ては勿論、桂小米朝・「地獄八景亡者の戯れ」。
1時間弱の大ネタだったが楽しかった。米朝師匠近日来演ネタも聞けて満足。
(逝ってもらっちゃ困るが。)
今現在所有しているペーパーバックで一番くたびれてる本はEvelyn Waughの“A Handful of Dust”だろう。間違いない。何度も繰り返し読んだからではなく、何度も繰り返し大学へ持って行ったからである。
学部在籍時、「20世紀イギリス小説」という大層な名前のゼミにいたのだが、そこで扱っていたのがこの小説。1年半かけて半分も進まず、その後も読まずに本棚の飾りと化していたのだが、途中で映画鑑賞会があったおかげで大体の筋と結末は知っていた。(ちなみに当時、訳本は絶版だったような気がする。)
4月からNHKラジオ「原書で読む世界の名作」で取り上げられ、進行に合わせてちまちま読んでいたのが今夜終わった。作者が「イギリス最大の風刺小説家」と言われているだけに、ものすっごく現実離れした設定だが、淡々と日常生活を描き、そうかと思うと時々ぞっとするほど怖い、そんな小説。いかにも古き良き英国紳士の典型みたいな主人公Tonyを襲う容赦ない苦難に、それはあんまりじゃないか、と映画を観て思ったものだが(ついでにTonyを演じた役者がいかにも幸薄そうなハンサムだったので余計同情心が入った。『モーリス』の主役でもある)、こうやって解説付きで原書を読んでみると、ああ、この本は登場人物に感情移入しちゃいけないんだな、少し冷めた目で眺めるのがいいんだなとも思える。妻には不倫され、息子には死なれ、冒険旅行に行った先で一生幽閉、Dickensを朗読する破目になるなんて、こんな後味の悪い結末あるかい。
中でもTonyの妻BrendaがJohn Beaverと不倫中、息子John Andrewが事故死したニュースを知る場面は毒に満ちてる。
’John...John Andrew...I...oh,thank God...' Then she burst into tears.
自分の番が回って来ない時は思いっきりヒマだったので、ゼミの間、よく表紙絵を眺めては早く終われ〜と念じていたものだ。裏表紙にthe Glasgow Museum and Art Galleries所属の絵だと書いてあったので、わざわざグラスゴーに寄ったのに、改修工事中で入れなかったというのは下の方で述べている通りである。

このF.C.B Cadellという人の“The Orange Blind”。座ってる女性がBrendaを思わせて、とても気に入っていたのだが、今のPenguin Classicsの表紙は変わったらしい。残念。
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■2004/07/25 (日)
スコットランドを歩く−11− |
<番外編>
・テレビ事情
海外でTV観るのは旅行の楽しみの一つ。宿にいるときはTVつけっぱなし状態だった。スコットランドで「至上の恋」を観るなんて何とも乙ではないか?推理ドラマも(実は)よく分かってないのに観ていた。“Touch of Frost(「フロスト警部」”や“Midsommer Murders(「バーナビー刑事」)”などは、最初原題だけじゃ何の番組か分からなかった。97年にホームステイしていた時ステイ先のLand Ladyが大好きだった長寿ソープオペラ“Emmerdale”がまだやってるのにびっくらした。
それからクイズ番組!多かったですね〜。ほとんど毎日どっかの局で視聴者参加のクイズ番組やってました。
・ニュース報道
エディンバラにいる頃、空港のスト関連のニュースをやっていて、帰れなくなったらどうしよう、とマジ焦ったが、何ともなかったですね。あれは何だったんだろう。わたしの貧弱な英語力ではよく分からない〜。
日本のニュースは全然入ってきません。おかげで参院選のことなんかきれいに忘れてたわ。(不在者投票はしましたよ!)
スポーツのネタは尽きない!ユーロ2004→ウィンブルドン→陸上五輪選考会→クリケット→全英オープンってな感じ。
ダイアナ元妃を記念した公園の話題で各ニュース番組が盛り上がってた。思わず新聞買っちゃいましたよ、わたしは・・・。
・禁煙しろ!
とにかく、こんなところでまで吸うのか!というくらい、煙草大好き英国人。駅構内での喫煙には参りました。まだ日本の方がマシ!・・・と思ったら、政府もなんとかせにゃと危機感を持っているらしく、禁煙を呼びかけるTVCMがものすごいダイレクト!煙草の吸いすぎで声帯を痛めたのか声が出ない入院中のおじいさんがかすれた声で「もうすぐ子供が会いに来るんだ〜。」その後テロップで「彼はこの後会えないまま亡くなりました。肺がんで。」
・親切なんだか要領悪いのか
スコットランドのTICは総じて観光客の扱いがよく、とても親切・・・なのはいいんだけど、対応に時間がかかりすぎ。効率性に欠けるなぁと、経済性重視の日本人は思うのでした。特に計算、とろいぞ!頑張れ!
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■2004/07/24 (土)
スコットランドを歩く−10− |
<もうすぐ帰国だアバディーン編7/12〜13>
インヴァネスを後にして、列車は一路アバディーンへ。途中乗り換えがないってホント楽やねぇ。車窓からの眺めは刻々と変わる空模様、一面の菜の花畑、もういい加減見飽きた羊と牛と馬の群れ、そして蒸留所!さすがグランピアン、ここはウィスキー蒸留所で有名な地域なのだ。
アバディーンに着いたのはお昼過ぎ。駅から宿までは地図上では近いのに、迂回しないと通りに出ないので、これまた急勾配な坂を登らなければならない。最後の日くらいと気張ってホテルに泊まる。(ホテルったって£64のビジネスホテル。)部屋に入って第一声!わぁ、Myバスルーム!だってずーっと共同バスルームの宿だったんだもん。
アバディーンでは特に何をすると言うこともないので(ただ空港に行くためだけに来た)、のんびり街歩きを楽しむ。ホテルからすぐユニオンSt.というアバディーンの大繁華街なので、移動が楽。オックスフォードを思わせる外面のマーシャルカレッジと、17世紀の市長の家だったスキーンハウス内部を見学、アバディーン美術館でハイランドの絵画が一堂に会するギャラリーを見て、カフェで一休み。
そして夜は荷造りである。ひぃ、スーツケースが収まらない〜。
翌朝はせっかくの朝食も取らずに(取ってる時間がない!)チェックアウトし、バスセンターへ。空港行きのバスを待ってたら発車時刻が過ぎてもやってこない。慌てて目前に停まってるインヴァネス行きのバスにたずねたら「空港にも寄るよん。」慌てて乗り込んだ。今回の旅行中最大のハプニングかもしれない。(笑)
小雨降るアバディーン空港で、旅行中初めて家に電話を入れたら「気温は34℃。覚悟しな〜」と母から有難い忠告を頂<。アムステルダムには定刻通り到着。成田行きが出るまで1時間。スキポール空港を、途中買い物しながら、端から端まで早歩き。こういう時に限って遅れてくれないKLMであった。やっとのことでゲートに着くと、そこには日本人の団体が。ほとんど日本人と会わない旅だったので、何とも言えない懐かしさを覚えたのは、生まれて初めてかもしれない。
定刻に成田に到着し、YCATへ向かう高速バスを待ち受けていたのはベイブリッジで飛び降りようとする男のせいで起きた渋滞であった。「家へ帰るまでが旅行ですよ」と言う小学校の先生の言葉を思い出し、深く頷くのだった。
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■2004/07/23 (金)
スコットランドを歩く−9− |
<雨天・曇天インヴァネス編・其の四>
スカイ島― ガイドブックで見るとなんとも旅情を誘う島ではないか。せっかくインヴァネスまで来たのならここを見逃す手はないぞ、ということで、1日バスツアーにまた参加。この日のツアーはまずネス湖脇を通って、カイル・オブ・ロハルシュへ。湖に浮かぶ島に建てられたエラン・ドナン城という美しいお城で停車。アーカート城と似てるけど、あちらは廃墟。こっちはちゃんと内部が保存されていて見応えあります。台所には英国お約束の蝋人形が生々しく立っていて、そこはかとなく料理の匂いまでする力の入れ具合。CMに使われたこともあるそうです。何のCM?
スカイ島へは橋を通って渡る(帰りはフェリーだった)。意外にもハイランドで過ごした日程中、ここが一番良く晴れて温かかった(夏に暖かいってのも変だけど)。普通、スカイの見所っていうと、ダンヴェガン城とかタリスカー蒸留所だが、残念ながらこのツアーはそんな奥まで行かない。端っこのアーマデイルという町(村か?)にある、アーマデイル城とその庭園を見学する。ここはとびきり有力なクラン・マクドナルド家所有の城で、あのボニー・プリンス・チャーリーの逃亡を助けたフローラ・マクドナルドのご実家。現在は廃墟と化しているけど、その化し方がドラマティックで、後方に花々が咲き乱れる庭園、前方にきらめく海と非常に絵になるんである。
かつての栄光を偲ばんと邸内にはクラン・ドナルド・センターなるものがあって、如何にしてマクドナルド一族が映え栄えたかを展示してたりもする。ここで何気なく見てたら「PEI」の文字が!えー、PEIってカナダのあのプリンス・エドワード島?!ジャコバイト蜂起失敗後、あまりに厳しいイングランドによる締め付けに悲鳴を上げたマクドナルド家の者が最初にPEIに渡り、そこで新たなハイランドを建設しようとしたそうで・・・。そういえばなんかここ、PEIに似てるんだよね・・・と大昔の記憶を蘇らせていたら、卒論まで思い出しちゃって。そもそも「赤毛のアン」を書いたモンゴメリも両親共にスコットランド系じゃんっ!(気付くの遅すぎ・・・。)なんか意外な(そうでもないぞ)接点に思わずパネルの前で鼻水を啜り上げたitoyanであった・・・。
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■2004/07/22 (木)
スコットランドを歩く−8− |
<雨天・曇天インヴァネス編・其の参>
さぁ、いよいよネッシーの住むネス湖へGo!
イギリスは知らなくてもネス湖は知ってた幼少のみぎりより、例え「ネッシーは嘘だった!」と公式発表があったとしても、やはり気になる場所である。
インヴァネスのTown Centre(英国政府によると尖塔のない町はCityではなくTownなんだそうだ。故にインヴァネスはTownなの)からツアーに参加。このツアーが合理的というか自己責任型というか、半日ツアー希望のお客もフルツアー希望者もいっしょくたにバスに乗っけて、途中でうまい具合に別行動させて、現地解散させるよくできたものですねん。
わたしはヒマだったので「ネス湖2000」(なぜにネッシー疑惑が出たのか、そもそも地理的にどういう場所なのか、ということを説明するミュージアム)→アーカート城→クルージングでインヴァネスに帰ってくる、というフルツアーを選択。わたしが「ネス湖2000」に行ってる間に、半日ツアー参加の隣りのおばちゃんらはネス湖でクルージングして、その後合流。スタンディング・ストーンを観に村外れまで寄り道してアーカート城前でおばちゃんたちとはさよならしたのでした。(ちなみにわたしの好きな「アウトランダー」シリーズはヒロインがインヴァネスのスタンディング・ストーンから18世紀へタイムスリップするという話なので、ちょっとドキドキ(笑))
アーカート城はとても趣のある廃墟。湖のほとりに立つ朽ち果てた城の跡・・・なんつーか、日本のワビサビを感じますなぁ。しかし、ここに行き着くには1.入場料を払い、2.展示物を拝見し、3.お土産売り場を通過しなければならないのだった。(スコットランドのお土産売り場って商魂たくましい。お目当ての施設に行く前に売り場にぶち当たるんだもん。)
お城の脇には船着場があって、ここからその名もジャコバイト・クルーズという名の会社が運営する船でネス湖を渡り、ネス川を通り、水門を通過して街中に帰ってきました。途中、ナロウボートっていうのかな、車で言えばキャンピングカーみたいな細長い自家用船が停泊してるとこ遭遇し、そこの持ち主さんと手を振ったり、持ってたコーヒーで乾杯の真似ッこしたりして楽しかった。
しかし、しつこいようだが船の上はやっぱり寒かった!!途中、雨まで降ってくるしさぁ。神秘のネス湖でネッシー探そうにも寒くてそれどころじゃないっての。
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■2004/07/21 (水)
スコットランドを歩く−7− |
<雨天・曇天インヴァネス編・其の弐>
インヴァネスといえばネッシーで有名なネス湖だが、その前に行きたい所があった。シェイクスピアの『マクベス』に出てくるコーダー城である。最寄の村までバスで行くこともできるが、手っ取り早く乗り降り自由の観光バスに乗ることにした。そしたらさぁ、このバス、カローデンの戦場跡にも寄るじゃん!カローデンといえばボニー・プリンス・チャーリーが敗れ去ったところだ!早速バスの2階、オープントップの席に乗り込んだ。寒いよー!(泣き笑い)
カローデンに着く前にバスから野原に旗がはためくのが見える。まずはビジターセンターの展示室でお勉強。その後、いにしえのハイランダーのかっこしたガイドによるツアーがあるというので£3払って参加してみる。英語、分かんないよー!(号泣)
事前に少し歴史的背景勉強した方がいいですな。まぁ、言ってることは半分も、イヤ自分のHPで見得はってどうする、三分の一程しか聞き取れなかったわけですが、途中でガイドさん(Ianといふ)が武器の使い方教えてくれたり、幹線道路を通る車からのクラクションに応えてポーズ決めたり、楽しかった。なんだかんだでガイドで回る古戦場ツアーは1時間。お土産売り場で本を買ったりしてたら、乗るべきバスを逃してしまった。まぁ、まだお昼だし、と開き直り、カフェでランチを取り、映写室で記録フィルムを観たり(これは日本語ガイドがある!)してたら、あっちゅーまに次のバス。
さて、やっとコーダー城だ!敷地内に入ってもなかなか城にたどり着かないんですが(汗)。コーダー城は、実際は「マクベス」の時代にできたものでないし、「マクベス」自体も本当のマクベスはめちゃいいひと、だったらしいので、「シェイクスピアはんは何をどう間違えはったんやろねぇ」と言うのが地元の人のキモチらしい。ここは廃墟じゃなくて現役の住居なので、家具調度を見るのも楽しいし、花であふれるお庭も素敵だった。キッチンが超現代的に電化されてるのもよろしいのではなくて?(昔の台所も展示されて比較が面白い。)
次のフォート・ジョージ(ハイランダーの襲撃に備えてイングランド政府が建設を命じた砦。でも完成した頃には意味が無くなってしまったというお茶目なシロモノ)で途中下車する時間がなくなり(寒くて行動が鈍ったともいえる)、バスの上から写真だけ撮った。そこから乗ってきた人の感想も「寒かったわー!」だった。
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■2004/07/20 (火)
スコットランドを歩く−6− |
<雨天・曇天インヴァネス編・其の壱 7/8〜12>
怒りに燃えたグラスゴーを後にして(でも絵を観にまた行かねばなるまい・・・)、今回はコーチにてインヴァネスへ向かう。列車料金がむちゃくちゃ高額なのと、宿からバスステーションへは坂の上り下りがなかったため。グラスゴーはエディンバラ以上に年寄りには坂がキツいのよ(泣))
グラスゴーを出発したコーチは途中小さな街で乗客を拾い、約3時間半後にインヴァネスに到着。スコットランド旅行のハイライトと勝手にみなしていたこの街は・・・小さかった・・・。その前にいた街が殊のほかデカかったので相対的に小さ_と感じるのかもしれないが、立派な田舎と言っても差し支えなかろう。バスステーション〜中心部〜ネス川〜B&Bまで歩いても10分とかからない。High St.なんか、あれれ、もう終わっちゃったよ、ってくらい短い。
それでも街の真ん中を流れる川岸やインヴァネス城から観る眺めは美しい。ほんとにのどかでほっとする。これで天気がよければねぇ!(笑)ただでさえ北に位置するスコットランドの北部だから、今まで経験したことのない涼しさ。(まぁ天気予報では「異常気象」「夏の気配なし」とか言ってたので、ホントはもう少しマシなはず。)
しかし、インヴァネスの見所はインヴァネス中心部にはないのが残念。ここを拠点にいかに効率良く公共の乗り物を使って観光するか。旅慣れないワタクシとしましてはここはやはりツアーに頼ろう、ということになり、早速TICのお世話になりまくるのであった。
どういうわけかインヴァネスでは夢見が悪くずーっと寝不足気味だった。突然銃を乱射して無差別殺人起こして指名手配中になってたり、帰国しようと思ったら戦争勃発で、空港が閉鎖されて一人異国を彷徨ってたり(←これは明らかに寝る直前まで観てたBBCのドラマ“Island At War”の影響だと思うが。)、無くした首を探し求めてたり・・・。まさか古戦場や廃墟に行ったからではないよねぇ。
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■2004/07/19 (月)
スコットランドを歩く−5− |
<怒りのグラスゴー編 7/6〜8>
名残尽きないエディンバラに別れを告げ、隣りの大都市グラスゴーへ向かう。移動手段の選択は、コーチと列車の料金にさほど差がない場合、列車を優先するというMy鉄則に従い、ウェイヴァリー駅から頻発の列車に乗る。脳内BGMは勿論「世界の車窓から」(笑)。ちなみにウェイヴァリー駅は自動車専用道路が線路と平走しているオモロい駅だ。
首都エディンバラが観光・行政の都なら、グラスゴーは消費の街。近隣の若者はお買い物ツアーにやってくるんだとか。(感覚的には横浜から東京へ行くようなものか?)確かに観光客というよりは、セール期間中だっただけに買い物客が多かった。それと、エディンバラが文学的な街ならグラスゴーはマッキントッシュで有名なだけあってアートな街だ。ドラマスクールやアート系の学校がやたら目に付く。宿泊先のゲストハウスも、偶然にもマッキントッシュデザインのグラスゴーアートスクールと同じ通りにあったが、マッキントッシュって誰?状態なitoyanには豚に真珠か。
グラスゴーでの目的はケルヴィングローブ美術館である絵を観ることに尽きる(どんな絵かは29日頃の「徒然草」にて)・・・のに工事中につき休館かよー。アイゴー!脱力とはこういうことか、と美術館前で本当に途方に暮れました。(っていうか行く前に調べろ、自分。)
スターリング城とローモンド湖へのバスツアーにも参加したのだが、あらあらどっかで見た風景、なんて思ってるうちにエディンバラに来ちゃいました。このツアー、グラスゴーを出た後、エディンバラでも客を拾ってから出発するんだとか。だったらわざわざグラスゴーに行かんでも・・・。おまけにお目当てのスターリング城(映画「ブレイブ・ハート」のウィリアム・ウォレス(メル・ギブソン)がイングランドのエドワード1世と戦い、彼の死後、ロバート・ザ・ブルースが即位したかつての都)ではまたしても雨〜。この後さらに雨量は増し、ABERFOYLEで土産物屋に寄った時は傘なんかさしてても意味のないほどの叩きつけるような大雨で靴の中までびしょぬれ。かろうじて最後のローモンド湖クルージングでは晴れ上がり、ああ、お日様ってありがたい!と心から感謝の祈りを捧げたのだった。(今は太陽なんかいらねーと思ってる日本の夏。)
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■2004/07/18 (日)
スコットランドを歩く−4− |
<首都散策編・其の参>
エディンバラはミュージアムが多く、観光客を飽きさせない。ミュージアムには体験型と閲覧型があると思っているが、今回「体験型」で楽しかったのはスコッチ・ウィスキー・ヘリテージセンターである。フツーにスコッチウィスキーの蒸留所の見学をするには適した体質ではないということが、旅行前に会社で行われたアルコールパッチテストで判明したので、この程度で我慢する。(ほんっとに飲めない体質だということが白日の下にさらされた。)たとえ飲めずとも、こういう「社会見学」(?)は好きなので、まぁ、ダブリンにおけるギネス工場見学と思って頂きたい。
ガイドブックにはいろいろ知識を深めてから最期に試飲と書いてあったのに、いきなりグラスに注がれたウィスキー(ほんの少量)を飲め!である。実はワタシ、ウィスキー初体験なんですぅ!おかげでせっかくの説明(日本語ガイドだが)も、ところどころ記憶が薄れ・・・(ちなみにこの日のウィスキーはカーデュー?とかなんとかいうものだった)。しかし、ここが面白いのは説明が終わった後。樽型の乗り物に乗ってスコットランドのウィスキーの歴史を辿っていくのだ。これは楽しかった。命を掛けた密造が合法下の製造より味が良かったり、アメリカの禁酒法、フランスのワイン畑災害などの外因もスコッチウィスキーを広めるのに供与したり・・・。最期に自分が飲んだグラスをお土産にもらって、これから先旅は長いのに邪魔だなぁと思いつつ、無事に持って帰りました。意外に丈夫ね。
ナショナル・ポートレート・ギャラリーもお気に入り。まぁ、あんまりスコティッシュすぎて知らない人が多かったけど。ショーン・コネリーの肖像画がボニー・プリンス・チャーリーと同じギャラリーにあるってなんかいいですよね。でも一番親しみを持ってる俳優は、ロビー・コルトレーンのようだ。「ハリポタ」のハグリッドと言えばお分かりになるだろうか。
ライターズ・ミュージアムはダブリンのそれと比べると貧弱である。何しろバーンズ、スコット、スティーブンソンにしかスポットを当てていないのだから。ただ、建物が興味深くて16世紀の家をそのまま利用してるらしいので、入り組んだ階段や狭い通路など一度は入って損はない(無料だし)。近い将来、J.K.ローリングも加わったら、もっとハデになるかもしれないが、今のところはひっそりとした博物館であった。
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