「ジミ本」日録

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さるさる日記

2002/05/06 (月) 正しい関西のおっちゃん的日常

この連休中、店はずっと休業、ダラダラと過ごしている。
一日のうちで、はっきりと目的意識的に時間を確保しているのは、阪神のTV中継のみという、正しく関西のおじさんの王道を行く日常である。
今日は、阪神の試合が片付いてから、堂島のジュンク堂へ出かけた。
気を取り直して、この二冊を購入。
『はるかな本、遠い絵』(川本三郎・角川選書)と『モダン古書案内』(マーブルトロン発行・中央公論社発売)。
川本さんの本は、やっぱりいい。
情報をキャッチするアンテナが錆付かない人なのだと、最初の「文学の現場」という文章を読んで、つくづく思う。
これは、紅野敏郎さんの『文芸誌譚』(雄松堂出版)という本を巡る話で、大正末期から昭和初期にかけての同人誌全盛時代のその「同人誌」を、ときに三十年もの年月をかけて、「探し出し」「集め」、そして丹念に作品にあたった、まさしく「文学の現場」からの報告だという。
今と違って、当時の「同人誌」は、若い作家の大切な発表の場で、その中からいくつもの名作・傑作が生まれてきた。
現在の文芸評論家たちにとっては、一次資料発掘の現場でもある。
『文芸誌譚』は、そんな、地を這うような発掘作業を地道に続けた、紅野さんの労作なのだと。
一方、『モダン古書案内』の方は、古書業界のニューウェーブともいえる、新たな業態を作り出した意欲的な古書店の多様な在りようを、一通り見渡させてくれる。
なるほど、古本・古書店ブームを牽引しているのは、こんなタイプの古本屋だったのかも。
深いところで、地殻変動を起こさせている震源は、こういった新しいタイプの古書店なのかもしれない。

2002/04/30 (火) 荷風作のオペラ

今日は、この連休明けに店を閉めてしまう、古本屋「冒険王」へ。
しばらく見ない間に、文庫棚が充実していてついつい散財してしまう。
お茶を頂きながら、主人の笹部さんと2時間ほど世間話。
最近、個人の売り手から岩波の「荷風全集」を買い取った由。
ところが、その全集、何冊か抜けがあり、さらに、解説もついていたりついてなかったり、中には醤油のしみまで付いているものがあったり、結局、ばら売りすることにしたそうだ。
買取に家まで行ったときも、一箇所に置いてなくて、家の中のあちこちにバラバラに置いてあったという。

その荷風がらみの話題を。
川本三郎の「荷風好日」(岩波書店)を読み終えた。
読みかけで中断していたのを2〜3日前に再開したものだ。
中で気になったのは、荷風作の幻のオペラと言われる『葛飾情話』を巡る話。
1998年、この『葛飾情話』は、CD化され復刻された。
件のCDは『浅草オペラ 華ひらく大正浪漫』(企画・制作おんがくのまち、販売・山野楽器)というタイトルのもので、『葛飾情話』からの四曲が収録されたらしい。
他に、「コロッケ―の歌」「ペアトリ姉ちゃん」「恋はやさし」などの浅草オペラの有名曲も収録されているという。

もともとオペラ好きだった荷風は、昭和13年ごろ、作曲家の菅原明朗と知り合う。

「荷風は菅原明朗に、長年の夢であるオペラ創作の夢を語り、そこから作詞・永井荷風、作曲・菅原明朗による『葛飾情話』という二幕二場の小さなオペラが生まれた」

そして、昭和13年5月に浅草オペラ館で上演され、荷風作のオペラと言うことで連日超満員の入りだったという。
このオペラは、荒川放水路を舞台とした、郊外バスの運転手と車掌の恋物語らしい。
荒川放水路の人気のない茫漠たる風景の発見者である、荷風らしい舞台設定だし、郊外バスの運転手と車掌の恋というのも、これまた時代を感じさせていいではないか。
また、CD復刻の翌年、1999年には、荷風生誕120年、没後40年ということで、菅原明朗のお弟子さんたちの手によって、61年ぶりに舞台で上演された。
このオペラを鑑賞した川本さんは、

「荒川区民交響楽団とその合唱団によって演じられた『葛飾情話』は、四十五分ほどの小品とはいえ堂々たるオペラなのである。菅原明朗のお弟子さんたちは、音楽が斬新で現代性があるからこそ再上演したという。決して『荷風のオペラ』の話題性だけのことではなかった」
という。

2002/04/23 (火) やっぱり仰天、「風船紛失記」(正岡容)!

先週は、暇な店には珍しく、二度に渡る宴会・パーティがあり、久しぶりにちょっぴり余録が入った。
さて、その余録をどうするか?
年に何度もない、贅沢な悩みである。
いろいろ考えた末、前々から欲しかった『正岡容集覧』(仮面社)を購入することに決定。
早速ネット上の古書店を調べて、注文する。
その『正岡容集覧』が日曜日に届いた。
日曜日は、夕方から[BOOKISH]の編集会議で、じっくり読む暇はなかった。
まあ、じっくり読むもなにも、三段組8ポイントで、700ページ弱という、ほとんど百科事典並のブツである。
どこから手を着けていいものやら?
それでも、気になるのが「風船紛失記」だ。
一読、噂に違わぬ飛んでもない世界。

              
            
             『風船紛失記』

 -お前は浜のお奉行様    ひきうた

 -恋ぶみ一通縄梯子     ジャン・コクト

「今は全くなくなったが『東京』といふびいどろ細工のヒロシゲみたいな大都会が新たに洋燈(ランプ)みたいな燈火から燦然と生まれて来た頃の、蒼く、悩ましいそらを想うと、妖魚のごとく、怪鳥のごとく、はたはたと眼前にあらわれるのが軽気球の姿相である。世にも怪しい姿相である。-ところでなんとその軽気球が一日(ある日)忽ちふっと紛失して了ったといふのだから全く世の中はおもしろい。-明治!東京!考へるとまたあの位、滅茶々々な時節もない。色硝子(いろぎやまん)の落花狼藉。七日の月の薄い破片(かけら)。-そこで、世の中の美しく、あやしく、またかなしく、すべて上等な物語といふものはこの上ない滅茶滅茶からこそは生まれてくるのだ!と云ふことになる。」

と、まあ、こんな具合に話の幕が上がる。
確かに、足穂の「一千一秒物語」とも通じるものがありそうだ。
好みの世界は違うようだが、モダンで突拍子もない展開、無機質な感触でありながら、なんとも言えず懐かしい。
そんなところに、共通の匂いを嗅ぎ取ってしまう。

2002/04/21 (日) 木山捷平の魅力

「鳴るは風鈴〜木山捷平ユーモア小説集〜」(講談社文芸文庫)を読んだ。
木山捷平の本を読むと、ゆったりとした気分になってくる。
やっと木山捷平が、身体に馴染んできたような感じ。
ちょうど、聴きなれたジャズやブルースのレコードに身をゆだねるような。
これといった、ストーリーやテーマのないのが木山作品だから、筋を追ってみたり、テーマを考えてみたりといった読み方をしてもあまり意味がない。
それより、小説全体から立ち上がってくる、少し「ゆるめ」のグルーブに身を任すのが正解か。

ストーリーやテーマがない作風とさきに言ったが、どの作品を取ってみても、この人のユニークな重心の低い存在感だけは際だっている。
わけても、この人ならではというのか、会話部分の描写には、この人の魅力が凝縮されているように思われてしかたがない。
エッセイと小説の間を行く木山作品だから、多分、実際に交わした会話をそのまま描きこんでいるのだろう。
決して、知的でもスマートでもない会話なのだが、独特の視点と人なつっこく、単刀直入、まっすぐに本質に向かう会話で、相手を巻き込んで行く。

『木山捷平の生涯』(栗谷川虹・筑摩書房)によると、
「巷でたまたますれ違う人々にも、たちまち心を開かせてしまうという特技を彼は持っていた」
「東北旅行に同行した評論家の奥野建男が、『夜行の食堂車で最後まで飲んでいた氏は、いつの間にか食堂車のウエイトレスの間の人気者になっていた。寝台車に帰って行く氏に向かって(小父さん、明日の朝、特別に味噌汁を取っといてあげるわよ)と親しげに呼びかけ』られる捷平の姿を伝えている」
とある。

この「鳴るは風鈴」でも、そんな会話の魅力が、あちこちに散りばめられている。「玉川上水」での「八幸」という飲み屋のマダムとの会話、亀井勝一郎の奥さんとの会話。
「耳かき抄」での怪しげな老僧との会話。
「柚子」での温泉で一緒になった、農家の奥さんとの会話等々。
いい味だしているのである。
会話部分になると、その場面の絵が思い浮かぶ、そして、人物が動き出す。

2002/04/15 (月) 「戦中派不戦日記」(山田風太郎・講談社文庫)

前々から気になっていた、山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読み終えた。
山田風太郎の日記は、もう一つ「戦中派虫けら日記」(ちくま文庫)という昭和17年〜19年までの日記があり、「戦中派不戦日記」の方は、その後を受けて昭和20年、東京大空襲から広島・長崎への原爆投下、そして敗戦へと至る激動の一年間の記録である。
ただし、本としての発刊の順序は、「不戦日記」の方が早いようだ。

「私はさきに『戦中派不戦日記』と題して、私の昭和二十年の記録を出版してもらった。それは私自身のことよりも、昭和二十年の世相の記録としての意図からであった」(「戦中派虫けら日記」あとがき)

と、作者自身も語っているように、「不戦日記」は、昭和二十年という劇的な一年の比類のない記録となっている。
なにしろ、克明な日記なのだ。
5月24日の大空襲の日の日記など、この文庫で11ページほどにも渡って記録されている。原文では、何ページになることやら。

また「不戦日記」というタイトルだが、「反戦」でも「非戦」でもない、あくまで「不戦」=傍観者という、作者自身の自己規定に基づいている。
「反戦・非戦」などと、当時の軍部主導の翼賛イデオロギーに抗えるほどの知識や経験を、地方出身の一医学生が持てるはずもなかった時代だ。
しかしながら、そこにドップリ浸かるほど視野狭窄でも純粋でもない。
第一、戦いに参加しようにも徴兵検査を不合格になった身である。

「当時すでに、いまとは別人の逆上気味の私でさえ、戦争に対するものの見方は公平に見て私のまわりとはややちがうことを自覚していた。今ふり返って失笑ないし理解を絶するところは、他の人々にはもっと多量にそんざいしていた」(作者あとがき)

2002/04/08 (月) アナイス・ニンの日記

「父と娘」たち〜森茉莉とアナイス・ニン〜(矢川澄子・新潮社)

この本には、魅力的に年を重ねていった二人の女性作家、アナイス・ニンと森茉莉、さらに「付」として、この二人に決してひけはとらない野溝七生子の作家論・作品論が納められている。作家論と言っても、森茉莉や野溝七生子については、生前身近に接した著者の愛惜溢れる美しいオマージュのようだ。

矢川さんの年輪を重ねた熟達の文章によるのか、取り上げられた三人が三人とも実に魅力的な女性で、これから追ってみたい誘惑に駆られるが、まずは、アナイス・ニンである。

洋の東西を問わず、作家自身が書いた「日記」の名品というのは、多数存在する。しかし、その「日記」が作家本人の生涯を通じての代表作であるという例は珍しいのではないだろうか。
アナイス・ニンの「日記」がまさにそれで、1914年十一歳の時から1974年まで、実に六十余年に渡って書き継いだ「日記」、全十一巻は文字通り彼女の正真正銘の代表作とされる。
その、アナイス・ニンの「日記」、日本では「アナイス・ニンの日記」(ちくま文庫)、「ヘンリー&ジューン〜私が愛した男と女〜」(角川文庫)の二冊によってほんの一端をうかがうことができるのみである。
三万ページに及ぶ膨大な「日記」の極々一部である。
というより、この二冊併せて、全十一巻の「日記」の第一巻に当たる。
第一巻と言っても、年代順に公刊されたのではなく、第一巻に選ばれたのは、彼女の人生でのハイライトともいえる、パリでのヘンリー・ミラーとジューン夫妻との出会いと交流の日々であった。
ちくま文庫版の「日記」は、彼女が生前、公開すると「差しさわりのある部分」を削除し手を入れた「日記」で、いわば、「日記」文学というか、作品としての「日記」である。
対して、角川文庫の方は、その「日記」で削除された「差しさわりのある部分」で、
フィリップ・カウフマン監督による映画「ヘンリー&ジューン〜私が愛した男と女〜」の公開によって日本では陽の目をみることができた。
ちくま文庫版の「日記」の方は、60年代の末に海外では発表され、その精神性や自立した生き方が当時のフェミニスト達の絶賛を浴びたそうだ。

「BOOKISH」2号は、そのアナイス・ニンが特集される。
矢川さんの本に先導してもらって、これからその「日記」を読んでいこうと思う。

2002/04/01 (月) シブイ本、ジミ本情報満載「BOOKISH」創刊!(上)

祝!阪神タイガース開幕二連勝!
予想通りというべきか、まさかというべきか、巨人相手に開幕二連勝。
何という幸先のいいスタート!
この阪神の勢いにあやかりたいのが、私も編集委員に関わらせてもらっている、シブイ本、ジミ本情報満載の新雑誌「BOOKISH」(ビレッジプレス刊)である。
昨年の秋から準備・編集作業を重ねてきたが、先週、無事出稿を終え、今週末には印刷が上りそうだ。
もともと、「彷書月刊」を先行するモデルとして企画されたもので、古書店を基盤としながら、独自の視点で見落とされがちな作家や本を取り上げる、コアな本好きの為の情報誌でもある。
年四回発行の季刊誌で、創刊号では稲垣足穂、二号ではアナイス・ニン、三号では木山捷平などを取り上げる予定だ。
それぞれのテーマでの第一人者に執筆を依頼しているが、ネット上で定評のある読書サイトを運営されている方々が、編集や執筆に参加されているのが大きな特徴だ。
創刊号では、このサイトとリンクして頂いている、「本読みの快楽」のかねたくさんや、「我楽多本舗」のやっきさん、「モシキの書斎」のモシキさんなどの読書家が参加してくださっている。
他にも関わって頂きたい、読書サイトの方は、いっぱいいるのだが、創刊号では取りあえずこんな布陣になった。
創刊号の概要は以下の通り、印刷が上った段階でまた感想など書いてみたいと思う。
さらに詳しい情報は、ビレッジプレスHPまで(http://homepage1.nifty.com/vpress)是非、是非ご購読の程を!

2002/04/01 (月) シブイ本、ジミ本情報満載「BOOKISH」創刊!(下)

本の永遠
季刊「BOOKISH」1・創刊号
定価700円+税(送料200円) ISBN4-89492-025-5

<内容>
創刊に際して 編集長・鵜戸口哲尚

特集☆稲垣足穂
虚構の月とともに−稲垣足穂と富ノ澤麟太郎●宮内淳子
再発見される足穂−新感覚派時代●軽美伊乃
透明な驚きの主宰者−1968年の稲垣足穂●高橋敏夫
「イット」の向こうへ●中村幸夫
「Palle City」発行人一閃市秒遺文●熊村貴志雄
足穂全集を編集して●萩原幸子
O夫人への足穂の手紙発見!−元木村書店主・無量光寺訪問記●編集部
 資料1「O夫人への手紙」・資料2「葉書」
足穂毒舌地図●編集部
タルホ足跡散歩・明石・神戸・大阪・京都●編集部

読前読後の快楽−その1 ブッキッシュについて●金子拓
まんがを買いに1−サイアムスクエアの貸本屋●村上知彦
再会、小津安二郎●松永節子
エッセイ・古本屋稼業−反グローバリズム文化運動の〈根拠〉としての書店●空閑明大(古書 空閑文庫)
忘れられた作家達1藤澤清造−『藤澤清造貧困小説集』出版のあとさき●勝井隆則

前田河広一郎英文作品初邦訳シリーズ1
「アジア連合」●鵜戸口哲尚訳

古書店主インタビュー1 青空書房・坂本健一さん●坂本隆司
ジミ本クロニクル−著者の嘆息が実によく分かる●八子博行
大西良貴のファイト一冊!−自分の中に閃く感情●大西良貴
EXPERIENCE−天野可淡・カタンドール●高木信太郎
装幀の周辺で1−安規と百間●畑佐実
「労働の拒否」ということ●下村俊彦

古書目録
新刊セレクト
<ご注文は次のメールへ。完成しだい振替用紙同封で送ります。GBH04705@nifty.ne.jp>

2002/03/30 (土) 「センセイの鞄」(川上弘美・平凡社)

私の知り合いの人たちの間では、かなり評価の高い本だったので、私もいつか読みたいと思っていたのだが、新刊で買う時期を逸してしまい、古本屋での出会いを期待していた。
古本屋に行く度に探していたが、これまでのところ出逢えなかった
先日、ジュンク堂へ行ったとき欲しい本が品切れで、何を買おうか迷っていたところ目についたのがこの本で、ついつい買ってしまった。
川上弘美さんの本は初めてだが、シンプルで清々しい文章を書く人だと思った。
主人公は、40歳を過ぎたツキコという女性、彼女が話者となり、彼女の視点で物語が紡ぎだされていく。
文体だけを追っていくと、10代の女性の物語かと錯覚するほど若々しい文章だし、その視点や感性も主人公の実年齢よりはずっと若く感じる。
このような設定が、小説を現実から少しだけ浮遊した、淡くチョッピリ哀しい恋の物語として成立させるための有効な仕掛けとなっているのかも知れない。
なにせツキコの恋の相手である高校時代の国語のセンセイ、松本春綱は70歳を過ぎている。
さらにこの小説は、大人の恋のファンタジーであると同時に、趣味のいい酒場・飲み屋小説でもあるというのが嬉しい。
きっと、川上弘美さん自身が、居酒屋で渋いアテを肴に酒をちびちびやるのが大好きな人なのだろう。
ツキコとセンセイは実によく一緒に酒を飲む、ふたりともに酒好きというのは、この恋愛が成立するための絶対の条件のようでもある。
私が気になったアテは、「塩らっきょう」というものだ。
酢漬けのらっきょうというのが、定番だし充分おいしいと思うのだが、シンプルであまりにもそっけない「塩漬け」というのもきっと美味いに違いない、と睨んだりしているのだが。

2002/03/25 (月) 「雨瀟瀟」(永井荷風・岩波文庫)

土曜日、関大の生協書籍部で「雨瀟瀟・雪解」(永井荷風・岩波書店)を購入。
「雨瀟瀟」というタイトルの語感・響きに、まず惹きつけられた。
早速、タイトル名の作品を読んだが、なんとも渋い趣味・道楽の世界。
大正中期の作品らしいが、荷風も含め、当時まだかろうじて残存していたであろう、江戸通の人たちの芳醇な世界が垣間見える。
荷風自身の江戸趣味・落魄趣味を、まるで盆栽を愛でるように丹精込めて描いたかのよう。
紡ぎだされる言葉の一つ一つが、選び抜かれ、推敲し尽くされ、しかも心地よいリズムを持っている。
ゆったりした気分の時に何度も読み返したくなる作品になるだろう。

読書猿氏の「断腸亭日乗」ハナクソ論に対抗するわけではないが、ぼちぼちと「断腸亭日乗」も拾い読みしている。
やはり、どこから読んでみても面白い。
拾い読みのつもりがついつい引き込まれてしまう。
川本三郎氏が荷風を、そして「断腸亭日乗」を、題材として何冊も本を出している気持ちが分かるような気がする。

そんな中で、気になったのが野口富士男の「風のない日々」のこと。
以前、日記でも少し触れた作品だが、昭和10年代初頭の銀行員夫婦の話だ。
お互いはっきりと自己主張が出来ぬまま、家に縛られ、周囲のとりなしで夫婦となった二人のズレが、結局は殺人という形で終局を迎えるというちょっと怖い話だ。「日乗」には、実際にあった事件として銀行員殺人事件のことが触れられている。
ということは「風のない日々」という作品は、実際にあった事件にヒントを得て創作されたものだったのか?

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