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■2003/01/05 (日)
くまの胸腺摘出入院日記 オープン |

祝!! 初入院! 初手術!!
ってことで、くまの胸腺摘出入院日記を
2002年1月20日にオープンしました。
日付順に日記をまとめ読み!(写真付き)
→→→→ 日付順に読みやすく並べなおした日記はこちらです ←←←←
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今までの経過
くまさんは9月に胸の痛みをおぼえ、誤診(?)
やらがあったあげく、結局、「胸腺近辺が腫れている」と
いうことがわかり入院、手術の上、患部を摘出しました。
病名は「前縦隔腫瘍」。
病理の結果、より正確には、「胸腺のう種」ということで、
胸腺の一部の組織に水がたまって卵大に膨れていました。
特に悪性のものではないそうです。
入院は1/30から。 手術は2/7に無事成功。m(. .)m
そして・・・無事2/18に退院。約1ヶ月の自宅療養の後、3/14に復職。
入院していたのは 三楽病院です。
くまさんの本来のWebページはこちら。
・ホームページ
・その後の普段の日記「くまぱんだのたわごと」(夫婦でつけてます。主に妻の日記なので、アドレスはここには記しませんが、読みたい方はメールください♪)
また、くまさんにメールを下さりたい方、ご連絡ご感想などは、このページ
の一番下、左端の「MAIL」おさるさんをクリックしてください。
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ここから下は、普通どおり、下から順番に読んでくださいね
日記の一番最初は、こちらからどうぞ
また、しばらく日記の間があいてしまったが、その後も元気にして
いる。今月の14日には、ダイビングにも復帰するし、かなり順調。
今では、満員電車もそんなにきつくなくなったし、傷そのもの
に触れても大して痛まなくなった。ただ、梅雨寒の時は時々
骨のあたりがずきずきしたりするかな。あとは、傷の上部、
左乳首を中心にして、直径10cmくらいの範囲が、痺れたように
なって、感覚が鈍い。これは、傷で表皮の下の神経を切って
しまったせいだという。
傷跡は、女性なら左乳房の下くらいに位置する部分に赤い湾曲した
一本の線だけ。女性か、もしくは奥さんがいるひとならわかるかも
しれないが、「ブラのワイヤーで跡がついちゃった」ような感じ。
それにドレインがささっていたところに小さな*型の跡がある。
ただ、会社に復帰してみて、初めてわかった弊害が....
胸のポケットに携帯電話を入れて、マナーモードにしておくと、
まったくわからない。前述の「左胸が痺れている」せい。おかげ
で、ズボンのポケットに入れておけるように携帯を折りたたみ型
に買い換える必要が生じた。ちょうど時期だったので 504iをGet。
しかし、振り返ってみると、徐々に回復してきている。
まず自宅療養中の3週間で、だんだん普通に歩いたり、起き上がっ
たり寝返りが打てるようになったりしてきた。そして、1〜
2ヶ月で、傷跡のホチキスの跡がほとんど消え、さわっても
あまり痛まなくなった。
乳房のようにたるんでたれさがっていた左胸も、少しずつ扁平に
なり、左右がかなり均等になりつつある。走ると衝撃で痛かった
のも少なくなりつつある。
あとは、上記の「痺れたような」状態の左胸の感覚が戻るのと
それよりなにより、運動不足と美食(笑)のせいでたるんだ体
を徐々に引き締めてもとの体力をつけていかねば。
と、いうことで、先々月からリハビリを兼ねてジムにも通い始めた。
....そんなわけで、この日記を読んでくれた皆さん、もし、
皆さんがくまと同じような病気にかかっていてここを見てくれて
いるのなら「いつか直る」と信じてがんばりましょうね。
そして、くまを見守ってくれた家族・友人・知人の皆様、ありがとう
ございました。
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■2002/06/09 (日)
快気祝いのセーリング |
そういえば、日記を更新してないから、ここを見た人は不安になってた?
大丈夫です。元気になってます。
ちゃんと、会社に復帰して、以来ありがたいことに(泣)忙しくしてます。
先月、ゴールデンウィークには、ちょっと長距離のドライブをして、
蓼科の友人の別荘に遊びに行ったし、そして、今日はくまさんの
快気祝いということで、セーリングを企画してもらった。
みてください。この、元気な姿!
セーリングの写真
おかげさまで、ヨットに乗れるくらいには回復しました。m(_ _)m
今日は天気もよく、最高のセーリングでした。
ありがとうございました。
病理の結果も出たことだし、今日から会社に復帰した。
とりあえずしばらくは混んだ電車に乗れないので車通勤。
毎日病院に通ってくれた妻にちょっと楽がさせられるのは良いこと。
☆☆☆☆☆
会社に出てみてもあまり変わったことはない。
社食の飲み物のメニューが増えていることくらい?
しばらくは車通勤を楽しむことにしようか。
友人の実家でうちの近所に刀を見せてもらいに行く。
そもそも友人のお父さんは骨董が趣味で、なかなか見られない
ホンモノの日本刀などを見せてもらえる。そこで、平日昼間が
ヒマな今、昔から見たかった日本刀を見せてもらう。
白鞘から出した日本刀は、思ったほど鋭い輝きではなく、むしろ
どちらかというと鈍い輝き。しかし、一点の曇りもない刃は、
それが、ヒトを切るためのものというリアリティがある。
現実に見せてもらった刀は、元禄期のものなどもあったので、
血を吸ったこともあるのかもしれない。しかし、自分では持つ
ことができないなぁ、と思う。なぜなら、持たせてもらった
とたんに、切ってみたくなったから。美術刀とはいえ、やはり
武器は武器。武器にはヒトを狂わせるなにかがある。
むしろ、その後見せてもらった、見事な蒔絵のすずり箱が印象
に残った。こちらは、見ていて嬉しくなるくらい美しい。
ま、ホンモノを見るのは、眼のためにいいもんだ。
最近はほとんど傷は痛まない。
うつ伏せにごろごろもできるし。しかし、傷に触れると
相変わらず痛いのと、何と言っても、傷の上側がしびれた
ように感覚が無いのも変わらない。
今日、病理の結果が出た。
細かく調べたところ、やはり胸腺の一部の組織に水がたまり
膨れていたとのこと。「胸腺のう種」というらしい。
MGを併発するような「悪性胸腺種」とは別物だそうで、
再発することもないだろうし、結果論的には体内にあって
もそのままなら別に悪さをしないものだったとか。
#ま、いつ浸潤したりなどということが起きてもおかしく
#ないので、手術自体は無駄ではなかったらしいが。
病院では、同じ時に入院していたSさんと偶然会った。
彼は相変わらず血が止まらずに、退院後も毎日通院して
いるとか。大変なことだ。また、7階東病棟にも顔を
出したら、ピアニストのUさんがまだいらした。しかし
彼もだいぶ状態がいいらしい。顔色がよくなっていた。
みんな、良くなって退院できるといいな。
お世話になった看護婦さんたちのうち、いた人に挨拶して
かえる。帰りは妻と合流して、神保町のカレーやBondy
でカレーを食べて帰った。
また、夜中に目がさめた。
相変わらず寝返りが打てない。そして結果、腰痛で夜中と明け方に目が
さめる。
のみならず、せっかく家にいても「ごろごろ」が出来ない。
まぁ、それでも朝から会社に行っているヒトに比べれば、かなり「楽」
な生活をしているわけで、この間にできることをいろいろやっておこう。
たまっているビデオを見るとか、普段できない平日の昼間の散歩とか。
昨日うちに帰って来たとはいえ、まだ寝返りも満足に打てない。
ベッドの振動も痛いので、とりあえず、和室に布団を敷いて寝る。
寝返りが打てないから腰が痛み、夜中と明け方に目が覚める。
今日から少しずつ歩くようにしよう。
とりあえずは、午後、駅前あたりまで散歩。2月にしてはそれなり
に暖かいが、人ごみと自転車はまだかなり怖い。
妻に頼まれて銀行にお金の入金に行く...と、お金と通帳を
ATMに飲み込まれる。おーい(^^;
初めて例のATMについている「専用電話」を使ってみる。
無人店舗だから30分くらい待っててくれ...ってねぇ、こちとら
そんな体力無いだよ。結局翌日同時刻にそこで会うことにして
電話を切る。退院早々ちょっとついてない。UFJのばかぁ。
帰宅前に、久々近所のコーヒー屋に寄る。美味い。さすがに
病院のコーヒーではこうは行かない。(もっとも三楽の食堂の
コーヒーもちゃんとドリップしているもんだったけどね。)
まだまだ歩く速度は遅いが、とりあえず出かけられることは
わかった。また今夜も和室で布団で寝るようだけどね。
さ、夕飯にご飯くらい炊いておこう。
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■2002/02/19 (火)
くまからのお知らせ! |
無事、退院いたしました!
おかげさまで手術は無事成功しました。
ご心配くださった皆様、ありがとうございました。
また、18日(月曜日)無事退院いたしました。
さて、先日来、たくさんのくまの友人の方が、お見舞いにいらして
くださいました。ありがとうごあいました。
この場を借りて、御礼申しあげます。
結局、見舞いが家族だけだった日というのは入院期間中、ほぼ、
手術当日だけでした。
くまは、本当に幸せ者( 「幸せ 物」か?どーぶつだし)です。
無事退院しましたので、以下は参考までですが、
三楽病院の面会時間です
平日 15:00 - 20:00
土曜 13:00 - 20:00
日曜・休日 11:00 - 20:00
もうくまは、三楽病院にはおりません(笑)
今後しばらくは自宅療養ですので、お友達の方はお近くに
おいでの際は、くま宅までおよりください。 _(..)_
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職場復帰は3月中頃になりそうです。
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■2002/02/18 (月)
退院後に考えたこと(3) |
そして、感謝。上にも書いたが、先ずはきちんと病気を
直してくださった先生方に。最初にレントゲンを見て、「病
気がありそうだ」と目星をつけてくださった、内科で、一見
立川談志似のM先生。それを受けて「胸腺だ」と判断して
くださった呼吸器内科のN先生。そして外科に移ってから
外来でお世話になった部長先生。また手術と病棟でお世話に
なったニコニコ先生と若先生。とうとう一度もお会いしなかっ
た(麻酔中に手術室ではお会いしてるわけだけど)胸部専門
のK先生。皆様の確かな医療技術と、それら技術のある先生
を集めてくださった体制のおかげで治りました。
それから、7階東病棟の看護婦さんたち。担当のFさんを
始め、皆さん常に明るくて親切だった。それが「仕事」なの
であたりまえなのかもしれないが、その「ホスピタリティ」
ときちんとした看護技術は「あたりまえ」のレベルと超えて
いたと思う。
また、看護学生のAさんとその指導のE先生。Aさんは平日
日中、くまの話し相手になり、一生懸命気分を盛り上げよう
としてくれたり、リハビリの手書きのパンフレットを作って
くれたり。とにかく技術面以外での精神的な部分は、彼女の
存在が大きかった気がする。看護婦という職業は、我々が思
う以上に大変だと聞く。が彼女なら将来何人もの患者に感謝
される看護婦さんになってくれると思う。
毎日の食事を、美味しく出してくれた、厨房(栄養科)の
人たち。無論顔を合わせることは無かったが、細かい所に
配慮した病院食は、常にお見舞いの人々が驚いていた。
互いの話し相手になってくれたり、自分の病気をおいて
おいてくまを励ましてくれた病棟内の患者さん達の存在も
ありがたかった。病人同士が力を合わせて互いの励みに
なるなど、入院するまでは考えてもみなかったことだ。
そしてお見舞いに来てくれた友人、親戚、家族。どれだけ
力づけられたことか。結局、術日を覗くほとんど毎日だれ
かしらに来てもらった。また、来られない方でもメールな
どで励ましてくれた。入院中にもらう外からのお見舞いの
言葉がこれほど励みになるとは。
で、無論、毎日病棟に来てくれた妻に。
心から、ありがとう。
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