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■2004/05/23 (日)
漫画で知る日本近世史 |
時々、漫画が気になるのだけれど、何しろ本屋の棚の“土地鑑”がないので、探せない。そうこうするうちに、そんな漫画があるのをすっかり忘れてしまって、そのままになることが多い。
そんなわたしにここ数ヶ月、なぜかちょっとした“独り漫画ブーム”が訪れている。一時、月に2回刊行されている青年漫画誌を欠かさず買って読んでいた時期があったが、それ以来かな?
例えば、やまだないと『西荻夫婦』、安野モヨコ『さくらん』、岡崎京子『ヘルタースケルター』といった漫画を、本屋の棚で偶然見つけて手に取り、読んでみた。
そんな“独り漫画ブーム”にさらに火をつけたのが、みなもと太郎『風雲児たち』(リイド社)。
以前に一度、気になったのだけれど、その時はご多分にもれず、探し出せずにすっかり忘却の彼方に去っていたこの漫画。今回は、Amazonで注文して、立て続けに読んでいる。
タイトルからこの作品の内容を類推することができず、検索してみたらどうやら時代ものらしいということはわかったけれど、届いた1巻の表紙を見て、ちょっと失敗したかも?と思った。ところが、読み始めてみると、これが、今まで断片的に知っていた、近世史の出来事が「そうだったのかぁ」と結びついてくると同時に、それぞれの史実の時系列があやふやだったところも、頭の中をきちんと整理できる。
今年の大河ドラマが、幕末を舞台にしているせいか、あちこちで幕末ネタを目にするけれど、その時なぜそういう事件が起きたのか?という疑問に答えてはくれても、それらの出来事の根っこにあるのは、実は関ヶ原の戦いに端を発した、長い長い時間を経てなお、衰えなかった外様大名たちの恨みなのだ、ということは、『風雲児たち』を読んで、初めて知った。
時代小説や歴史小説をそうたくさん読んでいるわけではないので、実際には、その辺をきちんと踏まえ、かつストーリーの中に取り込んだ作品に出会っていなかっただけなのかもしれないが、少なくともわたしにとって『風雲児たち』に出会わなければ、まだまだ当分知らなかっただろうということが、次々に出て来て、まさに“目から鱗”状態なのだ。
もちろん、漫画なので、懐かしいギャグや流行が鏤められていて、それについての脚注ならぬ“ギャグ注”が巻末にあって、これを読むのも楽しい。
遅ればせながら、漫画の面白さ、日本の近世史の面白さ、両方に目覚めた今日この頃なのだった。
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■2004/04/11 (日)
目から鱗の”江戸の恋”(1) |
久しぶりに、江戸モノが読みたいなという気分になって、書店で何冊かまとめて江戸関係の新書や文庫を購入した。その中から最初に選んだのが、田中優子『江戸の恋』(集英社新書)。
ここ1年ほどの間に、芝居や邦楽への興味が復活してきて、それらを見たり聞いたりしていると、重要なファクターは、やっぱり”恋”だよなぁと感じていた。
しかも、江戸の女たちは、実に情熱的だし、積極的に描かれている。
「妹背山」のお美輪、「伊達娘恋緋鹿子」のお七、「すし屋」のお里、「新版歌祭文」のお染、などなど。年端もいかぬ乙女たちが、恋に身を焦がし、「思いこんだら命がけ」でその思いをぶつける。
もちろん、彼女たちのような女ばかりではなかったであろう。ただ、江戸の女たちは少なくとも、彼女たちのような恋を手本にして、自分もそうありたいと願っていたのではないだろうか?
現代との”結婚観”の違いについての指摘が面白い。現代なら”恋愛→結婚”という流れはしごく自然だし、恋のお相手との”結婚”を望むことに、誰も疑問を感じることもない。しかし、江戸の結婚は”生活のため”であり、恋は”艶気(うわき)”なものだから、恋と結婚は別のものだったのだという。
格式高い武家や公家、大店といった家に生まれた男女は、家を守るためにそれ相応の相手を選んで結婚する、というのが当然であったのは、芝居などでもよく描かれているので、理解していた。それが原因で、好きあった同士が生木を引き裂かれるような悲劇として描かれる物語も、少なくない。
しかし、実は、そういう”上つ方”の人々ばかりでなく、庶民も”生活していくため”に結婚したのだという。
落語の長屋もので、大家さんが「一人扶持は食えないけれど、二人扶持なら食える」というじゃあないか、と長屋の住人に嫁取りを薦めるシーンが出てくるが、どうやらまさにそういうことだったらしいのだ。
さらに江戸では、女が輿入れの際に持って行った財産は、すべて女のものとして扱われ、離縁する際には、女は持って出ることができたのだという。万が一、夫が妻の金品を使ってしまったら、それを返済する義務があったのだそうだ。
一見、何事においても男に都合良くできているかに見える江戸の法も、実はこんなところで女の権利を守っていてくれたのだと知って、意外に感じた。
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■2004/04/11 (日)
目から鱗の”江戸の恋”(2) |
他にも、好色というのは、男女どちらにも使う”誉め言葉”であるとか、遊女たちの男あしらいの優れた点(いわゆる”床上手”の本当の意味)などなど、勝手に思い描いていた江戸の男と女の関係が、実は結構間違ったものだったかもしれない、ということを教えられた。
江戸に興味がありつつも、なんとなく読むのが面倒くさそうだという理由で、歌舞伎や浄瑠璃の台本、黄表紙・洒落本や川柳、雑俳といった江戸の庶民の文学、といったものを敬遠していたけれど、もしかしたら、それらを読むのはとても楽しいのかもしれない、と思うようになってきた。
このところ読んだ本
酒井順子『負け犬の遠吠え』(新潮社)
加賀まりこ『とんがって本気』(新潮社)
杉本彩『オーガズム・ライフ』(KKロングセラーズ)
読書中
いとうせいこう『ボタニカル・ライフ』(新潮文庫)
こうやってみると、なぜか新潮社率が高いなぁ。
なんででしょう?
諸般の事情で、読書がまったく捗らない。
故に、ここの更新もままなりません。
そんなわけで、開店休業状態が続いております。
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■2004/01/29 (木)
噺家の”おかみさん”もまた才能がいる稼業(1) |
普通の人が、”おかみさん”という呼び名で、すぐに思い浮かべるのは、相撲部屋か旅館、料理屋あたりの奥さんや女主人だろう。
なぜかわからないが、子供の頃に「将来、何になりたい?」と聞かれて「おでん屋のおかみさん!」と答えたわたしだが、今、おかみさんという響きから連想するのも、似たようなものだ。ただ、そこに”噺家のおかみさん”というのも加わるけれど。
近年、ちょっと話題になった「梨園の妻」というのは、”おかみさん”というよりは”奥様”だが、噺家さんの奥さんはやっぱり”おかみさん”と呼ぶのにふさわしい人であって欲しいなどと、勝手に思ってしまう。
それは、談春さんが修行時代のことを話すときに、談志師匠の奥様のことを「おかみさん」と呼ぶからだし、志ん生師匠や小さん師匠の奥様も、親しみを込めてその思い出が語られる時に”おかみさん”と呼ばれているからだろう。
ただ、これまで当の”おかみさん”が書いた本というのは、あまり見当たらない。やはり現代的になったと言われてもまだまだ上下関係がキッチリしている噺家さんの世界では、”おかみさん”には内助の功が求められているからではないだろうか?
そんな噺家のおかみさんの日常は、どんなものなのか?という興味から、当代の人気噺家といえば必ず名前が挙がる柳家小三治さんの”おかみさん”、郡山和世さんのエッセイ集『噺家カミサン繁盛記』(講談社文庫)を読んだ。
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■2004/01/29 (木)
噺家の”おかみさん”もまた才能がいる稼業(2) |
ある噺家さんがマクラで「家の師匠は、ほとんど内弟子を置かなかったし、自分の身の回りのことはさせても、ご家族のことはさせなかったけれど、自分が弟子を取ってみて、家の中にアカの他人がズカズカと入ってくるというのは、家族にとっては厄介なものだったんだろう、ということがやっとわかった」と言っていたが、『噺家カミサン繁盛記』を読んでみると、まさにその通り! 合鍵を持っている弟子が、いつ何時やってくるかも知れず、家族以外の若者が常に2人も3人も家の中に居る、というのは大邸宅ならいざ知らず、日本の平均的住宅事情を考えれば、気詰まりなもののようだ。
和世さんは、持ち前の明るさと気っ風の良さで、デキがいいとは決して言えない弟子たちのアラを探しては、なんとか追い出そうと、機会を虎視眈々と伺っていることを、はっきりと書いている。時に、ものすごい罵詈雑言はもとより、手が出る、足で蹴る、といったことまで書かれている。しかし、和世さんの文章を読んでいると、そうした一見、乱暴に思える行為の一つ一つが、実は、弟子たちへの愛情から出ているものだということが、伝わってくる。
噺家としてやって行けるという見込みが無い子には、さっさとあきらめさせるというのも、やはり愛情のうちだろう。見込みがある子なら、なおさら厳しくしつけて、立派な真打ちになれるように育てるのが、師匠とおかみさんの役目なのだ、ということが伝わってくるのだ。
それにしても、噺家の”おかみさん”稼業は、噺家になるのと同じくらい、並大抵では勤まらない、才能がいる稼業なのではないだろうか?
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■2004/01/21 (水)
真の”ぜいたく”を語る(1) |
先日、ミックス寄席で聞いた桃太郎さんの新作落語の2席目。日本で屈指の大金持ち一家を題材にした噺。お金がありあまっていて困ってしまうから、子供の小遣いを3000万円増やすとか、家の部屋数が何百とか、金持ちの滑稽さをデフォルメした噺だった。一般的に「ぜいたく」というのは、こういうものと思われているのかもしれない。しかし、そうではない贅沢の方が、実は本当の贅沢なのだ、ということを教えられたのが、戸板康二先生の『ぜいたく列伝』(文春文庫)だ。
戸板先生が選んだ、真の”ぜいたく”な人とは、どんな人なのかと、目次を見て行くと、光村利藻、十一代目片岡仁左衛門、谷崎潤一郎、吉田茂、横山大観、大倉喜七郎、藤原義江、内田百間、長谷川巳之吉、徳川善親、西條八十、小林一三、堀口大学、梅原龍三郎、鹿島清兵衛、花柳章太郎、御木元幸吉、福地楼痴、益田太郎、志賀直哉、五代目中村歌右衛門、薩摩治郎八、西園寺公望という、錚々たる人々だ。
芸術家、財界人、政治家、作家などなど、お馴染みの名前もあれば、知る人ぞ知る名前もある。もともと、名門・資産家に生まれ、先祖からその財力や名声を受け継いだ人もいれば、自分一代でのし上がって来た立志伝中の人物もいる。
そんな彼らに共通するのが、単に金に飽かせた”ぜいたく”をしたわけではない、という点だ。
彼らは、自分の趣味や嗜好のために大金を使いながら、実は、日本という國のある分野に、その使った金が活きる使い方をしている。あるいは、自分のこだわりを貫くという意味での”ぜいたく”であったりする。
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■2004/01/21 (水)
真の”ぜいたく”を語る(2) |
例えば、薩摩治郎八。パリの社交界でも、それと知られた”東洋の貴公子”治郎八は、パリにやって来た日本人留学生のために建設した「日本館」や、日仏文化交流のためには、惜しみなく私財を投じた。その功績を認められて、後年「レジオン・ド・ヌール」をフランス政府から贈られた。
その遊蕩ぶりを「今紀文」と世の人々から謳われ、三遊亭円右が「鹿島大尽栄華噺」という実録を口演した鹿島清兵衛、藤原義江・諏訪根自子・島崎藤村・川端康成・横山大観といった芸術家をパトロネージュし、帝国ホテル・ホテルオークラ・川奈観光ホテルといった、西欧の一流ホテルを日本に導入した大倉喜七郎などなど、莫大な資産を所有していたとはいえ、それを惜しげも無く自分以外のために使った人々。
また、九代目市川團十郎という稀代の名優を意のままに動かすことのできた、なんともぜいたくな座付き作者・福地桜痴、死ぬまでそのダンディぶりを通し、皆に愛される歌を作り続け、私欲を捨てて日本音楽著作権協会に献身的に尽くした西條八十、質素な暮しを続けながら、生涯を通じて「美」を追求し、「美」を開拓し、絢爛と鼻をつねに、身のまわりにちりばめていた新派の最後の女形・花柳章太郎。金銭的な豊かさでは決して得ることの出来ない”ぜいたく”を貫いた芸術家たち。
こうした”ぜいたく”こそが、真の”ぜいたく”なのだということを、嬉々として語ることのできる戸板先生もまた、「ぜいたく列伝」に加えられるべき人だ。
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■2004/01/17 (土)
読み直して気づいた『鬼平犯科帳』の魅力(1) |
久しぶりで『鬼平犯科帳』が読みたくなって、積ん読の山から本を引っ張り出した。出て来たのは、21巻。
「泣き男」「瓶割り小僧」「麻布一本松」「討ち入り市兵衛」「春の淡雪」「男の隠れ家」の6作品が収録されている。
もう、この辺まで来ると、おまさは五郎蔵親分と一緒になっていて、兔の木村忠吾も妻子ある一人前の身になっている。与力・同心・密偵たちも新たなメンバーが加わっている。
10代後半から20代にかけて、『鬼平』や『梅安』『剣客商売』、そして池波作品にハマるきっかけになった『真田太平記』といった作品をむさぼるように読んだ頃は、ストーリーの面白さ、主人公のカッコ良さに引っ張られて、「この物語はどうなっていくのか?」「早く続きが読みたい」と、ちょっと焦った読み方をしていたのかもしれない。
『鬼平犯科帳』のどこが好きなのかな?ということを思いながら改めて読んでみると、もちろん今でも、長谷川平蔵をはじめとする火付盗賊改方の面々、そして敵役である盗賊たちでざえもが、魅力的に描かれているところが、このシリーズの最大の魅力だと思う。
そして、「人間は、誰もが弱点を持っている」という池波作品に共通する視点が、長谷川平蔵に対してでさえ、貫かれている。彼とて決してスーパーヒーローとは言えない。悲しい過去、若き日の過ちといったものを背負った上で、現在があるのだ、ということに気づいた。
さらに、ちょっとした季節感や時刻、その場所の雰囲気を表す一行が、なんともいい味を醸し出しているところが、心に残る。
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