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■2010/03/08 (月)
横山涼一さんメモリアル |
昨日昨3/7は大久保「BOOZY MUSE」にて法政大学ジャズ研OB主催で「横山涼一追悼セッション」。
ベース横山涼一さんに会ったのはジャズ研に入部した1975年4月。
二つ年上だが、同じ2浪と聞いて最初から親近感が湧いた。
学生にも関わらず既にTVやホテルの仕事をしていた彼から、「お前プロでやって行くなら仕事してみないか?」と先ずは高級ホテルのラウンジのバンドを紹介してくれた。
あの頃は譜面が弱く凄く苦労したなあ。
思えばあれがプロになるきっかけだった。
ジャズ研の部長だったので面倒見抜群で、良くお宅に泊めて貰った。
二人きりだと良く音楽の事、バンドの仕事の事、人生の事・・・・色々相談させて頂いた。
「嗚呼、この人は尊敬に値する人だ。」
彼は学生当時から耳が良く、どんな複雑な曲もサウンドを聴いてはぴったりベースをつけていて信じられなかった。仕事場では時には厳しく「お前耳が悪いな」と。
所が別の先輩から「あいつは素晴らしい。と陰で岩見を褒めていたよ」と後から聞いて凄く嬉しかった。
当時レコードで凄い演奏を聴いても、「所詮人間のやることだからね・・」
と言うのが口癖だった。
ベースと言う楽器がどっしりした存在でバンドを支える、という意味においてこれだけ人柄と楽器とマッチした人はいないだろう。
卒業後私の方がバンドの仕事が不安定でアルバイトの日々も、彼はいつもマイペースでホテルのラウンジバンドで生計を立て基礎固めをしていた。
やがてフリーになるとあの人柄だからあっという間に引っ張りだこに。段々と一流の人と一緒に演奏するようになっていった。
1993年山口県マリンピアくろいジャズフェスティバルでシャープス&フラッツで出演した時、かれは小野リサのグループで同じ楽屋。
遠くから私を見つけてくれて握手をしてくれた。
たまたまそのシーンがTVで流れたが、私の人生の中でも重要なシーンだったんだ。
2000年を過ぎてからは様々なシーンで良く一緒に演奏をしたし、良く飲んだなあ。
涼ちゃんはいつも徹底的に楽しいお酒を飲む。
パーティの仕事の後、4件も梯子してギャラを全部使った時も大笑いした。
追悼では、YAYOIとデュオで「DINDI」を演奏。
ピアノの上の遺影が目に入ったとたん涙が溢れて来た。
6年前に同じジャズ研先輩の斎藤かっちゃんの追悼で、この「DINDI」を涼ちゃんと演奏したことが昨日の様に思い出されて・・・・。
横山さん、涼ちゃん、楽しい思い出を有難う。
和歌山県立田辺高校の5年に一回の同窓会に出席。
前回50歳の同窓会からあっという間だったな。
20代、30代、40代は仕事の都合も有りなかなか縁が無かったが、最近は大学のサークルも同じように有りがたいもんだ、とつくづく。
胸に名札が有るので名前に悩む事無く助かった。
高校時代は少林寺拳法部の主将をつっぱってやっていたのが、同級生の証言で判明、大笑い。
会の終わりに幹事が「次回5年後の還暦同窓会をこのホテル宴会場を予約しました。」
おいおい、ホテルが無くなったらどうすんのや(笑い)
宴もたけなわの頃、案の定今回も無理やりスピーチの台でギターを弾かされる羽目に。
賑やかなパーティーに静かなギターソロは全く分が悪いが、幸いにも今回は水を打ったように静かに聴いてくれて助かった。
幹事のおんぼろの生ギターで「スターダスト」にアンコールでラテンメドレーも。
飲み足りず、話し足りず二次会を梯子。そこでもバンドが待ってました。
「相変わらず淳三はMCがへたやなあ」と口が悪いが気心しれた連中が。
同窓会は理屈抜きに楽しい。
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■2009/12/08 (火)
大阪〜北陸〜四日市 |
12/2大阪「FOGGY」
お店は西天満の骨董品が並ぶ老松通りに。
「FOGGY」にはあの矢沢永ちゃんのポスター、グッズがズラリ、そのフリーク振りはもはや全国的レベル。
マスターは高校時代に少林寺拳法で切磋琢磨した仲間、ギターも唄もツボを心得ていて上手い。
いつも大阪公演の時は必ず立ち寄るも、YAYOIとのデュオは初ライブ。
大阪のギター仲間、和歌山県中辺路町の中学、田辺市高校時代の友達で一杯に。
ナンシー・ハーローの弟子シンガー中谷泰子ちゃんも飛び入り。
鍋とお酒で温まりました。
12/3 富山に前乗り
富山に前乗り、割烹「扇」で美味しいお魚とお酒を頂きました。
白海老、バイ貝、寒ブリ、ノドグロ、げんげのお吸い物・・・感謝感謝。
12/4富山で21年続くイタリアンレストランの老舗「フィオーレ・ディ・ファリーナ」にてジャズコンサート。
12/5石川県小松「地酒とワインのお店・もりたか」にてコンサート。
「小松を音楽の町にしたい、日本のウイーンを目指す」との小松市長はユーモアたっぷりに「人間の五感」は母なる大地それは「おかん」・・のギャグにそれは「あかん」・・。
毎年パリを訪れるワイン愛好家が多く、YAYOIの「酒とバラの日々」をテーマに。
打ち上げは日本海の幸がズラリ。御馳走様でした。
12/6四日市「ベジキューブ」
小松から240キロ南下も休日渋滞ですっかり予定時間オーバー。
2006四月に演奏させて頂いたお店「オーシャンダイナーズ」の新装開店記念ライブ。
以前より遥かに広く更にお洒落にお店に大変身。
名古屋、鈴鹿、和歌山県の新宮、三重の度会郡からもお客さんが。
演奏終わりそのまま東名で川崎まで、ちょっときつかったが今回も休日料金でラッキーでした。
今回もYAYOIとのデュオで紀伊半島〜大阪〜北陸のツアー。
11/28奈良「和サロンこゆき」にてライブ。
情緒有る日本家屋と美しい庭園が慌しい時間の流れを忘れさせてくれる。
この日も美人おかみのコユキちゃん(唄が上手い)が笑顔で迎えてくれました。
優しい御主人が熱心にセッティング場所の御説明を。
奈良のお客さんは元より京都からも。
滋賀のギタリスト田井君とボーカルのユキちゃんの飛び入りも・・・この日はダブルユキちゃんDAY。
ライブ終わりそのまま一気に和歌山田辺中辺路町へ。高速料金が¥1000なので凄く得した気分でアクセルも軽い。
11/29熊野古道「霧の郷・たかはら」コンサート
故郷の中辺路町高原に待望の旅館が出来て1年半。
素晴らしい山並みのロケーション、料理、サービス、・・そして支配人のお人柄など(ジアンさん、スペイン修行帰りの元ギタリスト)土日は満室との事。
早速旅館のロビーを模様替えして立派なコンサート会場に早変わり。
叔父さん、叔母さん、友達の前とあって少し力んでしまった。
うちのお母さん曰く、「YAYOIの唄が英語なのでさっぱり解らん、次回は日本語にして欲しい」との要望が有るもさてさて・・・・。
兄貴からも構成、メリハリなど辛口批評が。
ともあれ今回の里帰りコンサート又鍛えられました。
アフターでは、那智勝浦の竹林パワーの見事なブルースギターと支配人のフラメンコギターソロが聴けて得しました。
12/1二川小学校
母校二川小学校での演奏は5年ぶり。
1年から6年までの生徒が16人から24人に増えていて嬉しかった。
出迎えてくれた子供達は目の輝きがいいんだなあ。
24人しかいないから皆家族の様だ。
最初はギターの説明から、色々なリズムを。父兄の皆さん先生も巻き込んで最後は「聖者の行進」ハレルヤの大合唱。
ゴーマーチンニン♪は「GO町に♪でええんや」と言ったら、可愛い子供に「それは違うやろ」にギターのおいやんもぎゃふん、とほほ・・・。
演奏の感想を尋ねたら、一人の児童がYAYOIの事を「唄のお姉さんは上手いですね」に→YAYOI「君は小さいのに苦労してますね・・」
大爆笑のうちに演奏会はあっという間に終了。
そうそう、ここ二川小学校の校歌が素晴らしい。歌詞もメロディも♪
少しコードにアレンジ加えてスローで唄うといい感じに仕上がりに。
この素晴らしい母校が永遠に続きますように。
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■2009/11/24 (火)
ドン・フリードマン&ナンシーハーローと3日間 |
2年前に原宿でボーカルのナンシー・ハーローの伴奏をさせて頂いたが、今回は何とピアノの巨匠ドン・フリードマンと二人で来日、私の親友ベースのジャンボ事、小野照彦と共に。
初日は岩本町「TUC」でリハーサルと本番。
2年ぶりのナンシーは相変わらず笑顔でニコニコ。フリードマンも凄く優しい人で、ほっと胸を撫で下ろす。
私の事をJUNZOU、でも時々JUNO(ジュノ)だったり・・気さくな人だ。
ナンシーはイーグルスのヒット曲「DESPERADE」をギターとデュオで演りたいとの事、早速ガットギターで弾いてみたらフリードマンが「GOOD SOUND」・・ガットを持って行って大正解。
ナンシーは過去にジムホール、ケニーバレル、特に80年代にはジャック・ウイルキンスとのデュオのアルバム(最近再発)も有りギターが大好きの様子。
フリードマンはハービーマン(フルート)のバックバンドで初来日、当時若干29歳。ギターのアッティラ・ゾラーとも一緒に。
でもアッティラ・ゾラーは既にガンで亡くなったんだよと・・・。
当時はあのヒット曲「カミンホーム・ベイビー」を毎晩演奏したもんだ、とメロディを口ずさみ楽屋は大爆笑に。嗚呼、懐かしい・・・。
以来数えきれない位来日するも、不思議な事にあのリーコニッツとは近年日本で初顔合わせ。現在73歳。
ビル・エバンス系の耽美的なサウンドは勿論だが、その年齢からは想像出来ない位の凄いテクニック。
お酒を飲まず、食事にも気を使っている様子で、日々クラシックの練習を欠かさないとの事だった。
うーん、耳が痛い・・・。
演奏は、「ステラ」「TWO FOR THE ROAD」「IN YOUR OWN SEET WAY」「I HEAR RAPSODY」「ALONE TOGETHER」・・・なるほどマイナー調の綺麗な曲ばかり。
そして、凄いのはナンシー・ハーローの伴奏になるや否や、ガラッとシンプルにオーソドックスなピアノに。
ナンシーの甘い歌声「SHE'S FUNNY THAT WAY」ではギターのシンプルなコードがすっと入り、フリードマンもちゃんとスペースを作ってくれる。
二日目の横浜のライブハウス「FAR OUT」で「I HEAR RAPSODY」を一緒に演奏した後、始めて笑顔で肩を叩いてくれた。自然体でギターが弾けたのかなぁ。嬉しかった・・・。
最終日はつくば国際音楽祭でのコンサートでも饒舌な完成度のピアノを聴かせてくれた。
唄の伴奏でコードをわざと変えたので、目が合ったらニヤッと笑った。
楽しく貴重な経験でした。
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■2009/11/15 (日)
森繁さんとライフル |
最近、連日テレビで森繁久弥さんの追悼シーンやエピソードが出る度にチャンネルを替えては見てしまう。
在りし日の森繁さん、カメラの回ってる時に女優さんの身体を触ったり、「一回僕とどう?」などとセクハラコメントの連続。
しかし全然イヤらしく映らないから不思議だ。
森繁さんだから許されるのだろう。
これを見て急に25年も前の、森繁さんの芸能人ガン(射撃)クラブのパーティー(帝国ホテル)の時の事を思い出した。
当時確か俳優の三橋達也さんが会長だったはず。
その日はドラムのジョージ川口さんのバンドでギターを弾いた。
ジョージさんも射撃は相当な腕前らしく、「太平洋で鯨を良く討ったもんだ」??、とジョージさん一流のジョークで皆を笑わせていた。
その日は長いドラムソロの18番「Caravan」と、ガンクラブ重鎮の森繁さんの「知床旅情」の伴奏がメインの仕事だったと思う。
パーティーの最後に森繁さんの挨拶が強烈だった。
「え〜、ここにお集まりの綺麗なご婦人だけに本来なら私自身のライフルを・・サービスして差し上げたいのですが、最近はいささか歳なもんで・・今日の所はご遠慮させて頂きます。」・・・。
割れんばかりの大爆笑の中パーティーはお開きに。
96歳と言うから大往生だったんだろうなあ。
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■2009/11/09 (月)
新潟で回転レシーブ受け身 |
YAYOIとのライブでは初の新潟11/7、11/8の二日間。
まちなかステージ「PIANO PIANO」と中央区女池にあるライブハウス「TRESURE BOX」。
新潟は近年ジャズの町としてさかんにジャズのイベントが行われている。
西堀ローサに新潟の文化、観光の情報発信基地として「まちなか情報ひろば」がオープン、その一角にジャズを紹介するライブスペース「PIANO PIANO」が有る。
ジャズの年表も有り、我が「原信夫とシャープス&フラット」は1963にNHK紅白歌合戦の伴奏で出演、と記載あり面白かった。
2DAYSライブのトレジャーボックスは女池インターすぐ傍に有るお洒落なお店。
レッスン、録音、イベントなどオープン2年目の音楽発信基地。
オープニングアクトに地元シンガー佐藤祐介君の弾き語りコーナー。
綺麗なファルセットが印象的。
ノーマイクの生ギター、文字通りのアコースティックデュオも。
YAYOIの生声とガットギターが響きわたった。
ライブが終わり、法政大学のK先輩と古町で一杯。
YAYOIと3人で大いに盛り上がり、二件目に梯子するその時だった。
1メートル程の段差を踏み外しそのまま真逆さまにコンクリートに。
危ない!
とっさの受け身で大きく一回転。
高校時代少林寺拳法で毎日やった回転受け身が38年ぶりに役に立ち、どこも怪我をしなかった。
左の小指を少しすりむいた程度で済んだ。
畳を叩く柔道の受け身とは違い、衝撃を吸収しながら回転してそのまま拳を構えて立ち上がる。
今回はなりふり構わず不格好に。
でも足や手を骨折しなくて本当に良かった。反省。
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■2009/10/03 (土)
北海道ツアーその10 |
9/30石狩グルービー
昼間は同じ名前の札幌円山グルービーに珈琲を飲みに。
相変わらず、アナログレコードの音が耳に優しく癒される。
石狩グルービーは今年はサーモンフェスティバルと銘打って。
ベース北垣響、ドラム館山健二、とのトリオで。
石狩グルービーは年内一杯で暫くライブお休みされるとか。
昨年に引き続き大変お世話になりました。
有難うございました。
10/1苫小牧・元気ホール
元パチンコ屋の空間を利用して簡易的に作られたイベントスペース。
地元バンド、弾き語りミュージシャンなど詰めかけて頂きました。
打ち上げはTさん宅にてバンドの皆さんと。
特製イカの塩辛が滅茶苦茶旨かったが、作り方企業秘密だとか。
有難うございました。
10/2
函館に移動、青函フェリーで青森へ。
ホテルの温泉に入ってたら、いきなり青森バンドのスキャットのギタリストから携帯にお呼びが。
津軽三味線の演奏を聴かせる居酒屋・りんご茶屋で再開の乾杯を。
その昔、三橋美智也の津軽三味線と寺内タケシさんの世紀の対決、と言って競演盤を買った事を思い出した。
歯応えの有るホヤ、ハタハタの生干しで熱燗はたまりませんでした。
10/3高速道路が土曜日でたったの\1000。凄く得した気分で青森から一気に川崎へ。
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■2009/10/03 (土)
北海道ツアーその9 |
9/27網走ランサム
網走は法政ジャズ件の先輩がもう10年近くS先輩の主催で。
もう1人の先輩はラーメン屋さんで最高のアルトサックス奏者吉井さん。
お二人益々健在を確認。
ランサムはもう何回お世話になったかなあ。ママのキャラクター最高。
9/29札幌ルネサンスホテルルネサンスに連泊させて頂いたので、ホテルのフィットネスでたっぷりスイミングを。
札幌を代表するギタリスト滝川さんとジョイントコンサート。
滝川さんはスイングジャズを得意として、デキシーバンドでバンジョーもこなす幅広いスタイルの持ち主。ご機嫌なリズムでバッキングして頂きました。
滝川さんのお人柄で沢山のファンで椅子が無くなる程の超満員。
Yayoiのボーカルも二本のギターをバックに絶好調。
アッサムのギター職人のアーチトップを本番で一曲弾かせて頂きましたが素晴らしいバランスでした。
打ち上げは札幌のミュージシャンとともに美味しいワインを。
K先生、この度は素晴らしい機会を頂き有難うございました。
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■2009/10/02 (金)
北海道ツアーその8 |
9/25釧路芸術館
霧のイメージ強い釧路もこの日は見事な快晴。
芸術館はキャパ200人とこじんまりしたホール。
全国的に見てもこのサイズが珍しく我々の様なアコースティックなジャズには最高のホール。
天井や床の木が丁度良い感じに馴染んで素晴らしい音だ。
3年連続で呼んで頂き、嬉しかったです。
ギャラリーコーナーでは、写真家マイケルケンナの作品展が。
命懸けで北海道の大自然を撮影も、一度しか来ない一瞬のショットに人生をかける姿に感動、良い時に釧路に来たなあ。
9/26中標津Canday
Candyは秘密のVIPスペース、柿落としに今は亡き笈田敏夫さんを呼んだそうです。
プロデューサーKさん、これ以上お客さん入れたくない、とViPライブ。
中標津はちょうど秋鮭祭りの大イベント。
6月に#&♭でも呼んで頂きましたが、人口僅か5000人のこの街に何処にそんなパワーが有るのかと思いきや、鮭の「ちゃんたゃん焼き」を食べて納得。
Kさん宅でご馳走に大感激。イクラをのせるのにご飯が見えてはいけません、のお言葉に思わず涙。
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