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■2005/07/06 (水)
【謹告】しばらくの間、ブログをお休みします。 |
いつもこのブログを読みに来てくださって、ありがとうございます。
いきなりで恐縮なのですが、しばらくの間、ブログをお休みさせていただくことにしました。何か重大な問題があったというわけではなく、あくまでも個人的な理由によるものです。新しい仕事の関係で帰宅が遅くなることが多く、さりとてブログ書きには調べものをしなければならず、最近の自分のブログはどうしても「やっつけ」的な内容になっていることを自覚していました。仕事とブログ書きとのバランスが取れる自信ができてから、再開したいと思います。
なお、コメント欄やTBを放置すると、エロ系の書きこみでご迷惑をかけることになると思いますので、今後は、書きこみを停止させていただきます。もちろん、メールはいつでも受け付けていますので、gooメール、またはさるさる日記のメール送信で、ご連絡ください。
いままでのご声援に感謝いたしますとともに、みなさんのご健勝をこころより祈念申し上げております。
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■2005/07/03 (日)
岸和田に見る日本国の浸食。 |
東京都議会議員選挙に行ってきた。わたしの属する選挙区では、自民党、民主党、公明党に共産党の候補者が立候補している。共産党と公明党は論外として、自民党か民主党からひとりを選ぶという選択である。わたしの選挙区だけでなく、これはどの選挙区でも似たような傾向だろう。外交を含む昨今のことどもを思い出すと、民主党の岡田克也の顔が頭に浮かぶ。さりとて、自民党の都議会ボスに票を入れたくはない。かなり難しい選択である。そう考えると、最初から選挙に行かないという選択をするひとがいることも、容易に想像できる。
案の定、投票率は前回の50.08%を下回り、43.99%という史上二番目の低さだった(→http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20050703it15.htm)。投票率が下がれば公明党の得票率が上がる。現に、公明党は候補者23人全員の当選を決めた。公明党に勝利をもたらしたのは、ひとえに、われわれ非法華有権者の責任である。先に述べたように、有権者が選挙に行きたくない気持ちを持つのはわかるが、地方政治に興味を持たないことが、どういう結果をもたらすのかについて、コメント欄に『tatsu』さんが寄せておられる大阪岸和田の住民投票条例が参考になる。概要は、こんな具合。『大阪府岸和田市は、日本に3年を超えて住んでいる「定住外国人」にも投票権を認める住民投票条例を制定した。あらかじめ投票対象を定めない「常設型」と呼ばれる住民投票条例で、在日韓国・朝鮮人らの特別永住者や永住資格を持つ外国人からさらに範囲を広げて投票権を認めたのは、全国初とみられる』(朝日新聞→http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200506300041.html)。
それについての議論は、岸和田市のBBS(→http://www.city.kishiwada.osaka.jp/keijiban/Main.asp?Menu=Mes&GroupID=1&MesID=1211)をご覧いただきたい。書き込みの中には、『なりすまし』や『釣り』と思わせるものが見られるいっぽうで、この条例の使われ方に深刻な憂慮を表明している市民の書き込みと思われるものも多数ある。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/07/02 (土)
歴史認識の前に著作権は不要だと。 |
昨日のコメント欄に『murmur』さんが寄せてくれた情報。浅野健一氏が、朝鮮新報に奇行、もとい寄稿している『月刊メディア批評』で、わたしがWiLL誌に書いた記事を批判している(『月刊メディア批評』→http://210.145.168.243/sinboj/%82%8A-2005/05/0505j0702-00002.htm)。
掲載写真の問題については、申し訳ないとは思うけれど、わたしはどうこう言う立場にない。だが、いつもは対立者への罵詈雑言でわれわれを楽しませてくれる浅野氏にしては、拙記事の中身についての反論は、今回はどうも切れ味が悪い。浅野氏のこの言い訳はどう考えても詭弁だからである。『安田氏が引用した私の文章を読んでも、「日本の拉致は許される」いう結論にはならないはずだ。なぜ不幸な事件が起きたのかの原因を深く考えなければならないと私は言っているのだ』。およ? 浅野氏が釈明する発言の該当部分は、こんな内容ではなかったか(→http://210.145.168.243/sinboj/j%2D2003/j05/0305j0818%2D00001.htm)。
『日本の政府首脳と朝日新聞幹部は、国際法に照らせば、今も朝鮮が日本の植民地下にあると正確に認識しているのではないか。日本は1910年に朝鮮半島を侵略し、「大東亜共栄圏」というカルト体制が崩壊した45年8月15日まで強制占領した』
『日本は侵略したアジア太平洋諸国と戦後処理を行ってきたが、朝鮮半島の北半分を占める朝鮮とはいまだに国交がなく、戦後補償もしていない。それどころか、朝鮮と休戦中の米国に巨大な軍事基地を提供し続け、65年に軍事政権の韓国が朝鮮半島を代表する国家と認定し、国交を樹立。日本は朝鮮が韓国とともに国連に加盟した後も、国交正常化を怠り、朝鮮を敵視してきた。朝鮮と日本は間接的ながら戦闘状態にあるとも言えるのだ。日本は一貫して、1910年の「日韓併合」は合法的だったと主張しているから、8.15以後、戦後処理を済ませていない朝鮮は今も植民地状態ということになる』
『日本の支配層も、朝鮮が日本人を拉致したことについて、ある種の「半植民地」ゲリラ闘争だと考えている。小泉首相らが歴史的な日朝首脳会談で訪問したピョンヤンに一泊もせず、11時間でとんぼ返りしたのは、朝鮮が法的には今も日本の植民地支配下にあることを熟知しているからにほかならない』。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/07/01 (金)
動き出した野合集団。ウリナラとあっち系。 |
日本の学校で日本の子供が使うべき教科書をめぐって、韓国と左巻きあっち系が共闘して、反『つくる会』教科書プロパガンダを展開し始めた。8月の教科書採択に向けて、とうとう動き出したのだ。
読者の西沢さん(仮名)が知らせて下さったのだが、まずは、『新しい歴史教科書をつくる会』(八木秀次会長)(→http://www.tsukurukai.com/)が、『日本外国特派員協会』に宛てた『貴協会主催の「討論会」についての抗議』と題する声明(7月1日付)をご覧いただきたい。少し長いけれど、全文を引用する。
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『去る6月上旬、貴協会は、当会が関与している扶桑社の中学校歴史・公民教科書について、これを批判する「子どもと教科書全国ネット21」や「民団」など3団体の代表3名と当会関係者による討論会を開催したいので、当会の代表者を推薦してほしいとの依頼を当会に対して行いました。開催日程については変遷がありましたが、最終的には7月6日とする旨の連絡をいただきました。しかし、当日は当方の日程の都合がつかないため、出席できない旨、6月21日に正式にご連絡申し上げました。
『当会としては、公平な議論は望むところですが、この企画提案については、別の日程が示された場合でも、次のような基本的な問題点があり、議論として適切ではないと考えております。
(1)当会の見解は、すでに、5月10日、当会が扶桑社の上記歴史教科書のうち近現代史部分の英語訳を発表することとあわせて、貴協会にて記者会見をさせていただき、十分な時間をとって会員各位への説明をすませていること。
(2)現在、各地の教育委員会にて教科書採択事務が行われている最中であり、特定の会社の教科書だけを問題視し、被告席に座らせて議論するという論題の設定は極めてアンフェアーであること。
(3)もし、対立的な討論を企画するなら、従来の教科書の問題点と扶桑社の教科書の問題点を対等に比較できるような論題の設定が唯一フェアーな方法であること。
『上記(3)については、交渉の過程で、当会からの逆提案として、例えば従来の教科書の代表として51パーセントという最大のシェアーをもっている東京書籍の教科書の関係者と、扶桑社の教科書の関係者が討論するという案をお示ししました。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/06/30 (木)
支那で成功する日本企業の反日の理由。 |
【あとから更新しています】
今日、大学院時代の級友である加地くん(仮名)と20年ぶりに再会した。加地くんとわたしは、同じ大学の大学院の同じ研究科に属していたのだが、大学院を離れて以降、ずっと音信不通となっていた。ところが、わたしが7月号のWiLL誌に投稿した記事を見た加地くんが、『相変わらずのキチガイぶりを発揮しているのは、ひょっとしてあの安田ではないか』と思い至って、WiLL編集部に連絡をくれたのが再会のきっかけとなった。花田編集長、ありがとうございます。
加地くんは、大学院修了後、一般企業に就職して法務部に配属。現在も、ある外資系企業で法務関係の管理職をしているという、わたしと実によく似た経歴である(それにしても、法学系大学院で就職すると、判で押したように法務部に配属されるというのが笑えるが)。だが、双方のキャリアに違うところがあるとすれば、わたしがアメリカ・シンガポールで勤務した経験があるのに対して、彼は長く支那ビジネスに関わっていて、現地に三年ほど滞在していたということである。
その支那滞在中の経験というのが実に面白い。法務のバックグラウンドから見たときの支那ビジネスというのは、まさに一種の賭博なのである。たとえば、典型的なのが債権回収。モノを売ってカネを回収して初めてビジネスが終わるのだから、債権回収はビジネスのキモである。そのことは、相手が日本人であれ支那人であれ変わるものではない。変わるものは、その方法なのである。日本ならば、債権の発生原因から始まって、民事手続が一連の定型化されたフォーマットの中で進む。ところが、支那における債権回収とは、すなわち自力救済なのである。もちろん、最近になって、支那でも民事法分野を整備しているのであるが、そんなものは上海に林立するビル群と同じ。中身は空っぽなのである。法律よりも有効な債権回収手段。それは、共産党幹部との関係なのである。たとえば、債権者側が上海の有力者とつながっているとしたときに、その有力者が江沢民閥の系列にあるとわかれば、債権は100%回収できる。債権者と債務者が逆の立場であれば、泣き寝入りしなければならない。法治ではなく人治であるといい、支那でビジネスを成功させたければ人脈であるというのは、そういうことだ。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/06/28 (火)
違いは違い。無理に埋める必要はない。 |
朝日新聞の社説。『日韓歴史研究 難しいからこそ』(→http://www.asahi.com/paper/editorial.html)。
日韓の歴史研究が頓挫していることは、このブログでもお伝えしているところだ。頓挫の理由は何かといえば、被害者主義と自大主義に彩られた韓国独特の抗日史と建国史という歴史の虚構である。つまり、粗チンを巨根と言い張る韓国の歴史虚構オ●●ーであり、粗チンを見せつけそれを巨根と認めよという韓国の不躾である。だから、日韓歴史研究とは、韓国側にとっては、すなわち韓国の歴史虚構オ●●ーを共同で行なうことを日本側に強要する契機にほかならない。そんな行為に喜んで付き合うほど、日本の歴史学者は変態ではない。議論が噛み合うわけなんぞ最初からないのである。粗チンも弄ればデカくなる。放っておくにしくはない。これが日本側の歴史学者が下した結論である。
だが、それでもなお、今日の社説の説くところに、一抹の首肯しうる点がないわけではない。もちろん、いっしょに歴史虚構オ●●ーを喜んで行なう変態さんも日本にはいる。『東京学芸大学とソウル市立大学を中心とするグループは、91年から両国の教科書を研究してきた。一橋大学とソウル大学も98年から研究を続けている。広島と大邱(テグ)の教職員組合は、秀吉の朝鮮出兵などを題材に副読本をつくった。(中略)同大学の君島和彦教授によると、初めのうちは互いに「韓国側」「日本側」などと言っていた。それが、会を重ねるうちに研究者の名前で呼び合うようになった。同じ国の研究者同士が学説をたたかわせる光景も珍しくなくなった』と社説は言う。
左巻きあっち系の中の『教科書派』である君島を出してきた段階で、この社説のバイアスは決定的だと思う。だが、今日の社説において、評価するべきところがあるとすれば、日韓の主張の相容れないことを認めた点である。『それぞれの研究をもとに共通点と相違点をはっきりさせ、違いを縮めていくことが大切だ。それでも、違いがなくならないならば、違いは違いとして、どうやって友好な関係をつくっていくかを考えればいい』。そして、その前提とは、『個人として自由に考える。史料を厳密に調べ、率直に批判し合う。そうした学問のルールを共通の土俵にすることが大切ということなのだろう』ということである。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/06/26 (日)
支那のBBSで日本人同士論争の怪。 |
昨日のエントリーのコメント欄で『Unknown』さんが紹介されていた『支那の日本語版BBS』。元ネタは、このライブドアのこのニュース『靖国問題など日本人の投稿が殺到 中国初の日本語BBSに』(→http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1233709/detail?rd)。BBSを開いたのは、『中国国際放送局』(→http://jp.chinabroadcast.cn/)で、BBSはここ(→http://jpbbs.chinabroadcast.cn/index.php)。その中でも、わたしのブログの読者にとってもっとも興味を引きそうなのは『日中関係』と題するBBSである(→http://jpbbs.chinabroadcast.cn/viewforum.php?f=1&sid=89616aba9458932c120f898eb52ae7ca)。
わたしは、『日中関係』についてのトピックと投稿をまだ全部見てはいないのだが(なにしろ数が多いうえに見にくいのだ)、このBBSを見て、『なるほど特徴的だな』と思ったことがある。それはすなわち、『支那人』対『日本人』の主張の対決が見られるということではなく(わたしはそれを期待していたのだけれど)、支那の国営放送局の運営するBBS上で、『あっち系日本人』と『こっち系日本人』が論争しているという、まことに情けない状況なのである。ライブドアニュースの記事は、『「中日関係」の中では、この間、日中関係の緊張の原因ともなっている靖国神社参拝 問題、南京大虐殺問題、従軍慰安婦問題、尖閣諸島(釣魚島)の領土問題、対中政府開発援助(ODA)問題、日本の国連常任理事国入り問題、呉儀副首相の会談キャンセル問題などが日中間で 率直に討論されている』と言うが、『率直に討論』している当事者は、日本人同士なのである。
このBBSを設置した支那当局の建前が、どこにあるのかはわからない。だが、支那の主張する歴史認識なるものに対して、こういうBBSには、当然、反対意見が出てくるであろう。ところが、そんなBBSに、論争の一方当事者であるべき支那人が出てくるのではなく、支那のお先棒を担ぐ日本人がしゃしゃり出てきて、支那の歴史認識に反対意見を述べる日本人に対して反論しているのだ。この構造そのものが、まさに、反日売国ブーメランの典型である。ひょっとして、河野洋平や加藤紘一や岡田克也が書き込んでるんじゃないのか。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/06/25 (土)
反日キチガイ教師。 |
昨日の日記で紹介した『東京都教職員組合北多摩西支部』のキチガイ左巻き教師によるキチガイ授業(→http://www6.ocn.ne.jp/〜kitanisi/practice/p_004.html)。まったく、税金で雇われた公立学校の教師によって、『ゆとり教育』の名のもと、学校でいったい何が行なわれているのか。納税者はよくよく知っておいたほうがいい。
『東京都教職員組合北多摩西支部』のホームページには(→http://www6.ocn.ne.jp/〜kitanisi/)、『教科書問題』や『日の丸・君が代問題』という香ばしいコーナーのほか、所属教師による『教育実践』を紹介するコーナーがある。冒頭のキチガイ授業は、『劉連仁さんについて学び、強制連行と戦後補償を考えた授業』と題して、なんと三時限にもわたって公教育の場で行なわれた反日教育の実践を、あたかも良いことをやったかのように、キチガイ教師が得々と紹介したものである。
『茨木のり子さんの長編詩「りゅうりぇんれんの物語」。朗読するだけで30分という詩。集中が持続しない今の生徒たちは耐えられるかな、と心配しながら読み始めました』。この一文で紹介が始まるキチガイ授業と、支那で行なわれている愛国授業とは、恐らく異なるところはないだろう。違うところは、支那では支那の国策のもと支那人に反日教育を行なっているが、日本では日本の反日教師が支那の国策に協力するために日本人に反日教育を施しているということである。支那人のキチガイ教師は、子供たちを誘導したうえで、劉連仁氏のいわゆる強制連行についての感想を言わせることを試みる。『入国され、明治鉱業に入られ…なんて、これじゃあまるで劉連仁さんが自分から来たくて来たみたいだ』『全体を通して、この手紙には ”気の毒“とかは書いてあるけど、あやまっている言葉がひとつもない』『本当だ!全然あやまっていない!』。
わたしは、学校教育における教師の授業の自由度について、必ずしもよく知らない。だが、税金を使って運営される公教育である以上、その自由度は授業の『方法』や『進行』に限定されるべきだろう。国の立場とまったく相容れない内容を、『授業』の名を借りて政治的主張のプロパガンダのために使うなど、許されることではない。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/06/24 (金)
適切に処理せよ。おまえもな。 |
『中国人強制連行訴訟、原告側逆転敗訴 東京高裁判決』。支那が毒ガス処理に一兆円のカネを起こせと言ってきたのはつい先日のことだったが、支那が戦後処理という美名に名を借りて、あの手この手で日本からカネをせびり取ろうとする動きが、あからさまになってきた。もちろん、その背景には、支那の動きを日本国内で支える左巻きあっち系の反日売国のブーメランの蠢動がある。
今回の判決を、この裁判を社を挙げて支援している朝日新聞の記事で見てみよう(→http://www.asahi.com/national/update/0623/TKY200506230247.html)。『第2次大戦中に中国から強制連行され、強制労働させられていた北海道の炭鉱から1945年7月に脱走、終戦を知らないまま道内の山野で13年間逃亡生活を続けた劉連仁(リュウ・リェンレン)さん(00年死去)が、国に2000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が23日、東京高裁であった。西田美昭裁判長は、請求を全額認めた一審・東京地裁判決を取り消して請求を棄却する、劉さん側逆転全面敗訴の判決を言い渡した。劉さんの遺族は上告する方針』。
この劉連仁氏の境遇には、一抹の同情を禁じ得ないが、なぜ、支那人が日本において国家賠償を請求する(=国を被告とする)裁判が行なわれているのか。疑問を感じざるを得ない。国家間の請求権については日支間で決着が付いていることであり、支那がいくら強訴しようが、日本が賠償金を支払ういわれはない。確かにODAなどの援助が『賠償代わり』という認識が政府間にはあるけれど(それはそれで問題だ)、少なくとも公式には賠償金ではない。支那は、自ら放棄した請求権の中に個人の請求権が含まれるか否かについて、明確な態度を表明してこなかったが、江沢民体制になってから、支那人個人の請求権は放棄していないとの立場を取るようになった。それが、最近頻発している支那人個人の賠償請求である。
支那のような独裁国家にあって、一般の炭坑夫あがりの支那人が、自らの意思で日本で国家賠償を求める裁判を提起することの困難さは、わたしがいまさら言うまでもない。当然、支那政府当局の後押しと、それを支えるキチガイ左巻きあっち系の日プロ市民系団体の支援があってこそ、できることなのである。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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■2005/06/23 (木)
空手形だって?ちゃうがなそりゃ不渡りやがな(笑)。 |
小泉首相が訪韓して行なわれた日韓首脳会談の概要が公表された(外務省HP→http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/korea_05/gaiyo.html)。首脳会談後の記者会見のよそよそしい雰囲気から推し量るに、実際の会談では、そうとう厳しいやり取りが行なわれたであろうことが想像できる。外務省の発表した概要が淡々としているのは、その性質上仕方ないけれど、それでも、その文面から、首脳会談でのやり取りの雰囲気が見て取れる。
そんな首脳会談で、靖国神社にかわるハコモノ追悼施設の建設について、日本側は韓国に『約束』した覚えなんぞこれっぽちもない(そもそも、ハコモノ追悼施設の建設を約束するような首脳会談であれば、端からもめはしなかったのはずだ)。それにもかかわらず、韓国が勝手に代替施設建設への期待を膨らましていたらしいことが、次の中央日報の報道でわかる(→http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=64879&servcode=200§code=200)。同記事は、小泉首相が『(追悼施設は)作るか、作らないかを含めて検討していく』と述べたことについて、『韓日首脳会談で日本の小泉純一郎首相が検討すると述べた国立追悼施設建設問題が、空手形に終わる可能性が高まっている』と論評。いたくご不満の様子なのである。それにしても、『小泉純一郎首相が検討すると述べた国立追悼施設建設問題が、「空手形」に終わる可能性』とは、あたかも小泉首相が盧武鉉に『約束手形』でも切ったかのような言い草ではないか。
概要を見てもわかるように、盧武鉉がこだわったのは『歴史認識』である。そして、その中でも『日本が過去の不幸な歴史を反省し、そのような歴史が繰り返されないという確信を行動で示すことこそが両国間の信頼の基礎となる。日本の要人により信頼を崩すような言動が繰り返されてはならない』『歴史の問題を巡って信頼関係を回復するための日本側の努力が重要である』と、暗に小泉首相の靖国神社参拝を非難したうえで、盧武鉉は『新たな追悼・平和祈念施設(の建設)につき、その検討状況について提起した』とされている。これに対しての小泉首相の回答は、概要の中で明確である。『小泉総理は、日本国民の世論等、諸般の事情を考慮して検討していくとした』。【ここから先はブログでどうぞ(→http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/)】
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