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■2005/09/05 (月)
アジア主義への疑問 |
最近、日本はアジアではない、と言って、方々から相手にされていない。
大体、突拍子もない事を言うものだから、聞くほうもまともに取り合わないわけだが、それじぁ、試みに考えてもらいたいものだ。
まず、アジア、とは何だ? そもそもアジアというのは存在するのか?
その答えを聞きたいものだ。
アジアという概念が文化圏として成立しうる唯一の要因は、反西洋である。西洋という概念がない限り、アジアという概念が、日本で求心力を持つことなどなかったのだ。
そのうち、きちんとした文章にまとめた方がいいのだろうが、ぐたぐたたくさん書いてないと説得力がなくて、思想は成立しないようだから。
とりあえず結論だけ言うが、日本の知識階層は行き詰まると、アジア、アジア、と言い出すのだ。右も左も共通なのだ。日本人のアジア論は、文明論的な観点からすると殆ど全部、ご都合主義であり、独善的な回顧趣味である。ちょうど、アメリカ人のハリウッド映画に出てくる東洋人と似ている。日本的なオリエンタリズムだ、とここまで言うと言いすぎか。
この文章を読んで頭にくる人がいたとしたら、やはり、私の指摘は正しい。
この一年、これからの自分の学問形成について考えてきた。
先日、一つ結論が出た。
私がやりたいのは、要するに学問形成ではなく、思想形成である。
問題は、時間と書く媒体の確保。
学問から思想へ、不惑を過ぎて一年有半。
主題は、以下の問題に取り組む
◆ 冷戦の責任と冷戦後デモクラシーの思想
◆ グロバリゼーションと常民(丸山学と柳田学)
◆ 支配と権力のリテラシー
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■2004/08/11 (水)
若くなければできない仕事がある |
最近、昔、書いた修士論文を読み返している。1990年、27歳の
時に書いた論文である。
「太平洋戦争戦争と日本人
―民衆の戦争体験と戦後意識へのその遺産―」
というものである。審査委員からは非常に高く評価して頂いたもの
である。しかし、当時、大学院で指導していただいた諸先生は全て
退官されており、亡くなられた先生の方が多くなってしまった。
論文審査で出版の価値がある、と激賞して頂いた。勿論、無名の
院生の論文を出版してくれるような会社などなかったが、これがそ
の後の私の頑張りへとつながった。
1997年、政治学博士の学位を取った年に、この論文は
『銃後 ―流言・投書の「太平洋戦争」―』
という題で、読売新聞社から刊行されることになった。私は学術論
文を一般書の体裁で刊行することにしたが、実は、修士論文の内容
と同書の内容に大差はない。論文は注が1000近くあるが、一般書で
はこれを省いただけである。
当初から、私は誰にでも理解できる文章を目指した。
この「一般書」を、その年の東大史学会・「回顧と展望」は、「
注目すべき作品」として取り上げた。「学術論文」の形式をとらな
いこの「一般書」を、学術の場が「作品」として取り上げてくれた
ことが非常に嬉しかった。
すぐれたものはわかり易い
これが学問表現上の信念だったからである。
もはや、絶版になってしまった同書は、昨年『日本史文献事典』
に重要文献として採択され、私も不惑を過ぎた。
私は太平洋戦争・4年間の日本人の想念の全てをあの本に託し
た。あの本は私の分身である。
最近は、四十肩だの、何のと疲れてばかりである。この半年も
実は殆ど寝込んでばかりいるような有様だった。そのせいか、今
は、何の主題であれ民衆の4年間を450枚にまとめ切るという
気力はとてもない。
歴史というのは決して老大家の仕事ではない。
若くなければできない歴史がある。
若くなければできない仕事というものがある。
そういう仕事にめぐり合えた青春は、何時までも色褪せない
ものだ。
君たち学生は、どんな夏を過ごしているだろうか
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■2003/08/06 (水)
去年書いた反戦・備忘録 |
冷戦崩壊と冷戦後の新しい戦争という事態の中で、私はこの問題を
敢えて日本の過去から離れて、考えてみようとしています。「敢えて
してみた」私は、民衆史が専門なので、一度、自分を突き放して、戦
争と平和の問題について考えてみかったからです。
911テロで、私は「テロにも反対、戦争にも反対とは断言できず」
という立場でいます。もし私が「パレスチナ」人だったら、反イスラ
エル・テロを支持し、自分もそれをやりかねないな、と思うからです。
この理屈でいくと、アメリカの報復も肯定することにつながる。しか
し、アメリカの政策には支持しがたいものがある。結局、一貫した、
論理というものはなく、あるとすれば強者にとっての正義にしかなら
ないと思うのです。
それで、絶対反対とか、絶対なんとかというのからは遠ざかってま
す。どこかそういうのにうんざりしてまってます。よく、戦争で傷つ
くのは民衆だ、だから反対だ、と言いますが、民衆史を専門にしてき
た私にとって、それはわかりきったことで、右翼と誤解されたくない
んですが、だからなんなんだ、と思うのです。
戦争に反対することに、本当は、思想とか理屈はいらない。
ところが、起こす側には色々言い分があり、結局、起こす側への対抗
措置として、反戦の思想ということになるんだと思います。理屈をこ
ねて戦争に反対することには、ですから反対なんです。
と、以上の流れは矛盾しまくっているわけですが、どうしても、
私が日本の反戦活動の潮流に、素直に入れない最大の理由は、
ぶっち挙げた話、なんか、すごく、ウソくさいんですよね。
根拠はないんだけど、非常になんかこう奇麗ごとだけいっている
ように見えてしまい、そのウソくささで入ってゆけない。
それで、これ、今後、反戦平和活動をしてゆく上で、非常に
重要な点だと思うのです。なぜかというと、こういう世論調査を
したわけじゃないけど、私のように感じている人は、かなり、
多いと思う。このへんの問題にある程度、応えてゆかないと、
平和運動は難しいんじゃないか、と思うんです。この何年か、
もしかすると、私は殆どこの問題に拘泥しているのかも知れません。
未だ思考の途上です。
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■2003/06/11 (水)
続 私のインターンシップ |
確かに一つのスタンダードとして、マス・メディア級というものを
持ち、どうせやるからにはその程度のものを目指す、というのはある
意味で仕事に対する厳しさにつながりはする。彼ら(メディアの側の
人々)も、そうそう、お安くはない。「目利き」は厳しい。一種の外
部評価といっても良いだろう。
しかし、その性格には一過性・話題性という問題を不可避的に持つ
という点を、学生にきちんとわからせておく必要がある。そうしない
と、話題性ばかり追いかけるような人種になってしまう。話題性が、
物事を評価するスタンダードになってしまう。
何が話題か
ということは、メディアの側が決めることであり、それを追いかけ
るようでは教育の堕落である。そういう人種を決して彼らも大切に考
えてはいない。
月並みだが、大切なのは、誠実さであり、それ故の勤勉さだ。
コツコツとやる、という最も平凡な日常行為の中に、感動が含まれ
ることを、どうやって学生に教えるか、これが私のインターンシップ
の理念だ。
不惑を過ぎて、日々を振り返り自らに感動する部分は、決して、報
道されたとか、何か人から認められた瞬間とかではない。勿論、それ
はそれで嬉しいし、そういうこともないと実際問題、人生は困るので
ある。
しかし、それでも、やはり、一番、強く思い起こされるのは
雨ニモマケズ、風ニモマケズ
こつこつとやっていた自分とその周辺の光景である。人に勝った瞬間
ではなく、己に勝たんとしていた瞬間である。
勝つ、ということではなく、頑張ったよね、ということである。
そういう心象光景の価値を学生に教えなければならないと切実に思
うことがよくある。
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■2003/06/11 (水)
マスということと、イベントとということ |
このところ、大学教育のあり方について考えている。
具体的に言うと、インターンシップのことなのだが、そもそもインター
ンシップとは何か、という定義の問題もある。
↓
一般には医大生のインターン(研修医)とか、教職のインターン
というのがある。在学中の実社会・現場体験のための研修というよ
うな意味あいである。
今は、私の中でも構想段階で、その段階の一つとして、こういうのだ
けは止めよう、ということを覚書風に書き出している。その一つが、
マスメディア志向、イベント志向を避ける
ということである。換言すると、話題性と一過性は避けるということで
ある。勿論、個性的な、意義あるインターンの仕組みを導入したのであ
れば、これをメディアを通じて宣伝するというか、社会に広める意義は
あろう。しかし、大学人たるもの、そもそも
メディアは利用するが支持しない
という冷めた立場が重要である。こういう目線の余裕がないのに接する
と本当に嫌になる。さらに学生は程度が低くなる。
確かに、報道もされればこの授業は注目されている、という意味で
学生のモラルアップに役立つ面があるし、自分もそういう効果を充分に
利用してはきた。
しかし、注目されないとモラルがあがらないとすれば、教育としては
最低級だろう。自分が紹介されないことのヤッカミ半分でマスコミはく
だらんと言っているのではない。
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■2003/04/29 (火)
100円ショップにて |
100円均一のショップが大流行。
驚くほど安い。品揃えも豊富。日本は物があふれている。
先日、近所の100円ショップで木製の筆入れをみた。
インド製だった。
前々から思っていたことだが、生産者は、笑っているのか、
それとも、この100円という定価はその悲鳴なのか。
グロバリゼーションは身近なところで起きている。
たった100円で。
より安く、より良く。競争は仕方がない。
自分だって、同じ品質なら、より安いものを選ぶし、
同じ値段なら、より良いものを選ぶ。
市場主義を批判することは容易だが、否定することは不可能だ。
さりとて、無批判に肯定することも、自分にはできそうもない。
競争社会を否定するなどという非現実的なことを言っているのではない。
しかし、こういう話題になると、すぐにそのような観点からしか、
議論にならなくなるようでは、議論そのものに現実性がなくなる。
もちろん、生産者が笑っていてくれるなら、それでいいのだが。
この公開日記では、あまり政治向きなことを、かくことは止めにした。
その手が、お読みになりたい方は、コラム状況へ。
↓
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~glhuman/columnt/columnt.htm
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■2003/03/10 (月)
イラク大使館へ 1 |
「最近」のイラク攻撃反対の反戦平和運動について、次のようなことを思うことがある。
第一次湾岸戦争勃発時、一体、誰がイラクの権威主義体制を問題としただろうか?アメリカは、クウェートからイラクを追い返すと、その後、フセインの非民主的体制を放置した。石油のために王制を守った。そして、世界の世論も、反戦報道も、イラクの非民主的体制の問題を放置した。
私はもちろん戦争を肯定はしない。しかし、イラク民衆にとってフセイン体制は戦争と同じような意味を持ってしまっている。このようなフセイン体制の非人間性を、はたしてどれほど今まで、告発し、監視してきたのだろうか。フセインが、治安機構を動員し数百、数千の民衆を拘引、殺害しても、それは劣化ウラン弾の後遺症問題ほどに、話題とはされなかった。いや、全くないといってもいい。
反戦平和運動をフセインは充分に利用している。人間の楯にしても、アメリカの攻撃で、一人や、二人死んでくれた方が、国際的な反戦世論が沸いてくれてあり難い、と思っているだろう。
平和の楯は、特攻精神で平和を守る、というようなもので、根本的におかしい。たくさん人が行って楯になればいい、というような風潮が、一時期あったが、おかしい。大量な人が楯でいけば、それがまた紛争の火種になるということが、どうしてわからないのか。
ぼくは教え子が、楯に行く、といったら、間違いなく叱りとばす。
バカ、世界はお前のアイデンティティのために存在するのではない。単に政治的に利用される結果にしかならない。平和を守れないならば、せめて自分の命を守れ。危ないんだから、行くな。
と、言うだろう。とれそうもない責任を無闇にとりたがるのは、一見して、立派に見えることもあるかもしれないが、単に、英雄願望が強いだけだ。
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■2003/02/03 (月)
イラク攻撃後の世界 |
イラク攻撃は、もはや規定の事実になりつつあるようだ。アメリカの作戦目的に沿って厳密に言うとフセイン政権の軍事的転覆は、もはや、時間の問題のようだ。
最後の最後まで抵抗し批判するというのも一つの美学だが、政治を動かすのは力学だ。
敗北主義と言われればそれまでだが私の中では、この挫折をどう迎え、その先に何を構築したらいいのか、ということがこの頃段々と大きくなってきた。
私だけではない。アラブ世界においても、無力感と、そして、否定しつづけてきた現実―イスラエルという存在―と、どう折り合いをつけるかが、問題となりつつある。言葉で抵抗を口にするのは容易だ。しかし、今日、アラブ諸国の政権の多くは体制批判運動と直結しかねない反米運動を抑圧している。もちろん、このような政権の多くがアメリカをこころよく思っているわけではない。
イラクでは、かつての日本と同様に、占領下の民主主義を歓迎するものもあるだろう。異文化に免疫のない民はそれに激しく抵抗をしたり、免疫がない故に、大いに魅了されたりするものだ。乾ききった海綿が真水を勢いよく吸収するように、民主主義の空間で深呼吸する者も、少なからず、あるはずだ。
フセイン体制は、アフガンの前近代的空間に成立した原理主義政権と異なり、近代的大衆政治状況から生み出された全体主義政権である。議会制民主主義を受け入れる政治文化の土壌は、アフガンよりもはるかに強い。
フセイン政権は、「民衆主義」という範疇にはいるだろう。民主的ではないが、民衆的なのだ。しかし、権威主義的でもある。ここに抵抗と迎合の二面性がある。
空爆反対運動は必要だ。しかし、我々の内面を再考することも必要ではないか。
運動により満たされる我々の精神的アイデンティティーとは何だったのだろうか?
目前にあるのは、挫折と憎悪の暗闇だ。
六十年安保闘争は、その挫折と憎悪の先に全共闘と内ゲバを招いた。もちろん、挫折の中から今日に至る多くの実りある何かを残してきたはずだ。
この運動は挫折する。挫折後の世界に覚悟を決めなければならない。
随分と不愉快に思われる人もあるだろうが、私はイラク空爆阻止を求めて、アメリカの友人に向けて書いた手紙の一節を、今、読み返している。
世界はあなたがたのアイデンティティーを満たすために存在しているのではない
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