redevenir briller

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さるさる日記

2004/02/06 (金) なんだか年記のようになってるなぁ。

昨夜飲み屋で飲んでたら大事な友人からメールが来た。今夜改めてメールしてたんだけど彼女は脳外科・整形外科等の担当経験のある主任まで勤めたナースである。
昨夏頃に「カレ氏が出来た」って報告があったが、結婚願望の余り強くない人だったので、「ふ〜ん」程度に思っていた。が、トントン拍子に話が進み、この2月に結婚が決まった。で、2次会参加のお誘いメールだった。エエ、喜んで行きますとも。でもね、すごくご近所に住んでたからちょっと寂しいんだ。アタシが入院してる時も悲しげな顔で会いにきてくれたし、退院してからも色々相談に乗ってもらった。普段アタシと会ってる人はもう何も気付かないし、感じないかも知れないが、一応医学上ではアタシは肢体不自由者(身体障害者)になるのである。ただ、自分の意地とプライド(娘に自分が生まれた為に母が不自由な身体になったと思わせない為)と異常な回復力で健常並に身体を戻したという事から、あえて身障申請は行わなかった。まぁ、ソレは人それぞれの考え方でいいと思うんだけど、もらえるものなら何でも貰っておけという考え方も有りだと思うし。認定の件でも彼女に話を聞いてもらったりもした。「アンタの考え方はアンタらしくてアタシはいいと思う」後押ししてくれた。ちなみに実母は「色々な特典があるから認定受けろ」と勧めた。(その言葉の裏側にちょっと不信を抱いていたし・・・なんかハイエナっぽい。)特典の為なら要らない。払うべきものはちゃんと払う。だって身体はちゃんと動くんだもん。働きたければ働けばいいんだし。自分を甘やかしたく無かった。そんなアタシを理解してくれるいい友人の結婚に心からお祝いを伝えたい。

2003/11/13 (木) HP作って移動の予定が・・・

別な目的まで作ってしまい、日記滞っております。m(__)m
近日何らかの形で続き書きますので宜しくね。

2003/02/10 (月) 年が明けてから、まだココに来てなかったな・・・

と、いうことで、ココだけに来てくださってる方には、今更ですが、明けましておめでとうです。まぁ、うちの実家の方では、2/3が、新年という考え方もあるらしいので、(日本人だが。)お許しくだされ。
で、今日は、止まってる日記について・・・
かごとも脳内出血の記録redevenir brillerは、今度、PCのリカバリー等が完了したら、新たに、自分のHPを作って、そちらへ移動して、書き続ける予定です。それまで休載しますので、続きを待っていてくださる方には、申し訳ございませんが、首を長ーくしてお待ちくださいませ。
以上じゃ・・・

2002/12/25 (水) 一年経ちました。

手術の影響で、多分起こすであろうと言われていた癲癇の発作も起こさずに、無事1年が過ぎました。今年は、さすがにサンタさんも病気のプレゼントはくれませんでした。でも、チビが発熱してるけど。さーーて、癲癇の恐怖からもほぼ解放されたし、これからもどんどん無茶するぞぉ〜でも、体調悪い時は早めに休息しよう。この病気で倒れた時も、2日くらい前から頭痛かったのに、それを無視して活動してたしね。昔からそうだったな・・・自分の身体の限界を知らないオバカです。OL時代も駅のホームで貧血起こして意識がほとんど無くなってるのに、会社に行こうと半分失神状態でホームを歩いてて、駅員さんに、担がれてたなぁ〜。会社にも連絡入れられてて、会社に行くなり、社長に「転落したら危険だから、そんな時は仕事はいいから、座って休んできなさい」とすげー怒られた。とにかくぶっ倒れるまで、何事も続ける方だ。遊びでも。結局最終的にはそれで人に迷惑かけてるんだけどね。唯一、倒れる前にそんなあたしの体の状況を察知できるのがうちの旦那くらいかな?限界にきてるのが、不思議と解るみたい。なんでだろ?本人さえわかってないのに。(子供と一緒で、楽しいと、疲れも感じ無い?で、突然バッテリーが切れる。内の旦那は、そのバッテリーが、あと目盛一つと言う所あたりで気付くみたいよ。んん〜不思議?)

2002/11/16 (土) みんな、ごめん。

暫くお休みしてる上に、タイトルやはり変えました。検索エンジンで、同じタイトルの鬱病の関係の日記があるのを見つけ、鬱とは程遠い私とは内容が、余りにも相違するので、変えました。
新しいタイトルは、今はまってる、仏語の辞書にいいのがあったので、そこから頂きました。

redevenir briller(ルドヴィニール ブリイェ!

⇒仏語で、再び光輝くの意です。読みにくくてごめんね。どうでしょうか?新タイトル?

2002/11/05 (火) お知らせ続き

この日記のタイトルを変えようかなとも思ったが、やめました。何故か、私が死にかけたのは実は2度目らしいので。 母から聞いた話では、わたしが生まれた時、仮死産児だったらしい。だから、2週間ほど保育器内で、育っている。
それに原因があるのかどうかはナゾだが、今回の脳内出血の原因も、先天性の「脳動脈奇形であることが、K医大の手術の際わかった。奇形があるうえに、産後のホルモン異常で、突然血圧が上がった事により、弱い血管の奇形箇所が、破れてしまったのだ。過去に脳ドックでも受けていれば、奇形があることも解っていたかも知れないが、そんなもん受けた事も無かったし、奇形の存在を知っても、手術していたかどうかも解らない。長女の出産時に血圧が上がった時に、発症していてもおかしくはなかったのである。と、いうことで、すでに2回死にかけたので、このタイトルのままで行きます。
産後の血圧上昇も、一種の妊娠中毒症らしいが、普通は、胎盤が出てしまうと中毒症は起こらない。でも、私の場合は普通ではなかったらしい。とにかく「特異体質」のオンパレードが重なってしまったのだ。医者も原因が良く解らないらしく、皆首をかしげていた。ただ、脳血管の奇形箇所は、もう手術で、キレイに取ってしまったし、もともと高血圧症でも、糖尿でもないので、二度とキレる事は無いらしい。まぁ、これからの生活習慣次第で、高齢になってから、脳梗塞などいろんな病気にかかるかもしれないが、そんなことは誰しも起こりうることである。かといって、とくに何も注意していない。毎晩多量ではないが、酒も飲んでるし、煙草も止められないのである。でも、次死にかけたら、3度目の正直だろうな・・・
現在は、なにも薬飲んでないし、色々な血液検査の結果も、とても上々だし、とにかく左マヒということ以外は、とにかく健康体なのである。しかもノーマルな人より、元気かもしれない。

2002/10/27 (日) ちょっとお知らせ。

ご意見・ご感想等は、コチラの掲示板までお願いします。
http://res9.7777.net/bbs/Wtomo/
ただし、B記念病院の一部先生は、こちらの(↑)BBS見ない方がいいかも。愚痴書いてます。

2002/10/11 (金) redevenir brillerオープン

redevenir briller(ルドヴィニール ブリイェ⇒仏語で、再び光輝くの意) がオープンしました
早死にするタイプだろうと昔から思ってはいたが、次女出産後、1週間目に、突然33歳で、脳内出血に倒れ、しかも、死神さえも裸足で逃げだしてしまった女の記録である。

当時の記憶が無いので、日付は適当です!

2002/01/20 (日) I記念病院(3)

ほとんどこの病院にいる時の記憶もないのだが、転院してから友達がお見舞いによく来てくれる様になった(本人が覚えてるだけ。手術した病院にも来てくれてた人もいるらしかったが・・・)とも☆彡は、近いからと、よく来てくれたが、アタシのあまりの表情の無さに驚いていたようだ。いつも髪をやってもらってる友達の美容師も来てくれた。「坊主似合うやん。」と、慰めなのか、本音なのかわからない言葉を残して帰った。この病院に来る前のK医大病院にいた頃は、とにかく体中のあらゆる所からチューブだのが繋がっていたので、友達も状況を聞いて遠慮してたらしい。点滴なんて、腕だけじゃ足りず、足の甲にまで刺さってたくらいだから。この病院で、一番嬉しかった事、風呂(シャワーだけだけれどね。)に入れた事。身体磨き大好きなあたしとしては、もうシャワーしたくてたまらなかったから・・・。その上何故か、全身脱皮するかのごとく、皮がめくれてたし・・・
磨き好きのうちの母も、軽石までスタンバイしてお風呂の日を待っていた。そして、助手さん(ヘルパーさん)が、車椅子で、浴室に連れて行ってくれた。バスタブはまだ危ないから入れませんよと断られ、ガシガシと洗ってくれた。超幸せ。そして戻ってくると、母が、軽石を持って待ち構えていた。血出そうなくらいガシガシやられたよ。でもすごい全身さっぱりした。気持ち良くてぼーっとしてたら、リハビリのお時間。その日は、入浴疲れか、ぼーーっとしてて、リハビリにならなかった。で、リハビリのH先生から専門病院へ行きませんかと転院の話が出る。

2002/01/18 (金) I記念病院(2)

リハビリ以外にこの病院にいる時に気付いた事。この病院に、高校の時の同級生が、看護婦として勤めていた事。聞いてみたら、まだ居るとの事。しかも、お母さんも看護婦で、この病院に、看護婦の主任としてお勤め。たまたま聞いた時は、夜勤明けでいなかった。それから、旦那に歯磨きに洗面所まで車椅子で連れて行ってもらったときに、自分の自慢の腰まで伸ばしたストレートの髪がすっかり丸坊主になっていた事。これはかなりの衝撃だった。それから、トイレに1人で行けない事。右手だけではトイレットペーパーも切れない。その上、パンツの上げ下ろしが出来ない。これもやだったけど、しかたないので、旦那がいつも付き添ってくれた。まさかこの歳になって旦那にパンツの上げ下ろしまでしてもらうとは思わなかったな・・・それに、出産の時のおろ(出血)がまだあったので、ナプキンのお取替えまで・・・ありがとね。もっと大変な事に気付いた!手術の際に全身見事に剃毛されていたのだ。これにはビックリ。なんで頭の手術なのに・・・と思ったが、脳は感染が怖いからだそうだ。足の先まで見事にである。おかげで、生えてきたら、剛毛じゃねーかよっ!でも、何故か髪の毛だけは、逆に柔らかくなった。
長女は、最初、合いに来た時、私の髪を見て、「ちゃーちゃんじゃない」と、怖がって泣いていた。それほどに衝撃だった。

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