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おしまい。
Inner Space@adramineさんの3/13日。
スタイルシートは要望とおりに採用したものなので、実はシステムが分かってなかったりします。(笑)←駄目駄目ね〜。
Mew's Diaryさんの3月13日。
(引用)
藝術家が「そんなこと言うならおまえ(=批評家)が作ってみろ」と言えばそれは自分の負けを認めたことになり、批評家が「これは自分の好みじゃないから良くない」というのは自分の無能さをさらけ出すことになる。
(引用終わり)
と同じ話を、アタシも大学の授業で教わりました。だから、アタシは自分のやり方は変えないかわりに、じゃあ書いてみろとか、作ってみろというのは絶対言わないようにしています。
BowaBiwa Notesさんの、3/11日。
BowaBiwa Notesさん、「消費者」の意味の取り方が違うよー。アタシが「消費者」と形容するタイプの人は、読み手全般という意味じゃない。
表現を消費していく文化というのは、アタシは顔が見えないネット特有のものだと考えています。現実とどんどん離れていくこと。ネットだからという常識が新しくできていくことに対しては、アタシは懐疑的だし、ネット特有の消費行動が、表現を育てるとは考えないし、批評とは呼びたくない、ということです。
義務を果たさずに、権利だけを声高に主張し、表現から何かを得ることを求めずに、より強い刺激だけを求め、何も残さず、好き嫌いのみで批判する。そうして表現を自分の中でも外でも育てずにただ食いつぶしていくことを、アタシは消費と言ったのですよ。
Coconuts Cookie Sakuraさん リンクありがとうございます。カテゴリは「読み物」みたいです。
別日記はじめました。くだんないです。
歯医者に行っただけで、一日寝て過ごす。久しぶりに何にもない休み。
D-Point 2001/03/10
日記読み日記に取りあげていただいてありがとうございます。自分が書いていることが、どのように読まれているか、というのは興味深いことです。
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■2001/03/09 (金)
批評と表現についてのいくつか。 |
四月の観劇は、ナイロン100℃と、THE CONVOYと、InnocentSphereに決定。
フェアプレイにはまだ早い 2001.3.7(Wed)
アタシは2ちゃんねる相手に書いている訳じゃないですよ。アタシは棲み分け志向なので、そこから出てこない分には好きにやってくれればいいと思います。まぁ、今回の場合は、メールを出して2ちゃんねるに掲載したという「自己申告」になっていますから、厳密には棲み分け違反で、一歩2ちゃんねるから外に出たなら、2ちゃんねるだから仕方ないな、とはいきませんけど。
ここでとりあげるものは、色んな人に考えてもらいたい内容だと言うことです。
BowaBiwa Notesさんの、2001年03月08日。
アタシはそこまで、全ての人が「自覚的」にならなければいけないとは考えないんですけど。
(中略)
そこに人の温かみが感じられるかどうかは、自分次第だと思う。
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■2001/03/07 (水)
それいけ!!常識・非常識。 |
ほぼ日刊イトイ新聞の、3/7日の今日のダーリンを読んでて、笑ってしまった。
難民板の才人スレッド171番
自分で書かれていたこと、だとか、周知の事実である、だとか。良識である、だとかいう言葉の中に、ご自分の言葉はどこにあるのだろう? ついでに今はまだ手に届く高さだから、足を引っ張ってやれという貧乏くさい行為に「良識」だとか「進言」だとかいう言葉が使われちゃうなんて、やれやれ本当に嫌なご時世だわ。
それに対して、ご本人の未知さんは、とても立派な対応をされていたと思う。しかしまぁビジネスならば、そういうクレームを対応する専門の人もいる訳だけど、無料で趣味で家内制手工業の我々みたいな素人日記書きは、いちいちそういうクレームも対応しないといけないからほんと大変だわよね。
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今日は日記です。長崎の旅行と、結婚式の話と、人生の話。詳しくはほーむへ。
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■2001/03/02 (金)
ファンはムズカシイ。 |
(有)椎名百貨店 The Webの完成原稿紹介速報1/12日分
文句があるなら見なきゃいーじゃん、というのは確かにある側面ではあっているんだと思う。大体漫画家でも作家でも、本来だったらあんまりキツイ手紙とかは、編集者がダム代わりになったりしてたんだろうし。うーん。むずかしいココロ。
<特報・サッカーくじ>選手個人開設HPへの出場情報の記載規制。ファン有志による非公式ページについては現段階では規制の手段がなく、あるクラブの広報担当も「選手出場予想についてかなり細かく予想しているものもあるが、どう指導していけばいいか」と頭を悩ませている。 とのこと。
あめぞう2000で、だだだっとアタシのページは何日分も出るよ、とメールを頂いたのですが、古いカスタマイズだとなるみたいです。理由はわからないんですか…。新しいカスタマイズならならないようです。お試しください。
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■2001/02/26 (月)
これしかできない。 |
野田MAPの2001人芝居を見に行く。
見てて疲れるような芝居だった。良い意味でね。パワーが吸い取られるというか。
パンフに書かれていた文章が素晴らしかったので、引用。
今は東大の総長である蓮見重彦氏が、二十年以上も前に「日本のテレヴィジョンの番組ってのは、すべてタスケテクレとケッコンスルに還元されてしまうんだわ」と書いた。
(中略)
今にあわせて、微妙に言い換えれば「日本のテレビ番組はすべて、ナカセテクレとエッチシタイに還元される」っていうところだろうか。
(中略)
四半世紀過ぎても、かようにテレビは変わらない。テレビとはそういうものだ。イヤなら見なければいい。そう思っていた時期もあった。けれども生憎、テレビのモニターから流れ出してくるモノは無料である。空気のように吸い込んでいる。しかも何十年もの間。間違いなく我々は、麻痺し始めている。宗教も哲学も苦手になってしまった、我々日本人の頭の中へ、モニターの中から流れ出てくるものが、どんどん入り込んでいる。そこではあるゆるものが短絡的に行われる。長い時間をかけたものは嫌がられ、答えのないものは理解されない。だが、そのはみ出し流れ出してくるものを、もはや、我々は拒絶できない。
引用終わり。
インターネットでもいえることだなぁ。モニターの向こうから流れだしてくる無料の情報は、とくに短絡的に行われ、長い時間をかけたものは嫌がられ、答えのないものは理解されない。
その他、これしかできない、とか。詳しくはホームへ。
明和電機の場合。(みのうらさんの風虎日記2月22日)
明和電機は確かに宗教みたいで、正しいのかも。妙に健全な姿勢(親や家族を尊敬する姿勢とか、ゴミは分別・リサイクルとか、工員さん(技術系職人さん?)はカッコいいとか、非常に健全な道徳心溢れる姿勢)とか、魚器シリーズのコンセプトも確かに「宗教みたい」。
明和電機は魚器シリーズのことを、魚を使った自分自身のシミュレーションと言ったけれど、そういうシミュレーション作業を共同で行うことが、自分自身を見つめるために、ヒトにはなにかしら必要なんじゃないか、という気がして最近ならない。
有里さんの23日
アタシ自身、総合芸術が「宗教みたい」と形容されるようになってから、アートを学んだ人間なんだった。そういえば。
フェアプレイにはまだ早いの2001.2.23(Fri)。
「宗教みたい」という話について。あー、戦後ではなくて、江戸時代からなのかぁ。←無知ですいません。(笑)
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言葉に関する認識の相違について。
そっかぁ。Mint Julepさんの言う「時代」って、アタシの思うトコロの「歴史」なんだなぁ。
有里さんが、アタシの分かりにくい文章をご親切に解説してくださいました。ありがとうございます〜!! しかしアタシほんとに分かりにくい文章しか書けないにゃ。とほ。(泣)
幸福論関係 つづき
宗教みたいで、気持ち悪いは、ああなるほど!! 受ける側のアタシに偏見があるんだなぁ…。 自発的に傷ついてたんだなぁ…。きっと。
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