凸凹夫婦で難病やってます(笑)

私はメニエル、妻はSCD、そんな日々の雑感です

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さるさる日記

2010/03/13 (土) 動かすのは、時代か?人か?

人が、時代を動かすのでしょうか?
時代が、人を動かすのでしょうか?

権力を握った人間は、自分(たち)が時代を動かしていると
感じたいことでしょうが、それはエゴです。
時代でも、自然でも、地球でも、宇宙でも、人間は動かせないのです。

人は、時代に流されるのではなく、時代に合わせた生き方をしなければなりません。
地球の温暖化が問題となるのであれば、そうした生き方をする必要があるのです。
冬には冬の、夏には夏の生活の仕方があるように、当たり前の事をするだけです。
冬になっても夏の暮らしがしたいとか、夏になっても冬を楽しみたいとか
そんなエゴを振りかざしてばかりじゃダメなのです。

多くの政治家は、政治家になりたかっただけであるようで
政治を行なうつもりはないように感じます。
私たちは、政治を行ないたい人々を選べば良いだけのことです。
政治をしない、できない人物を選択しておいて
「まともな政治」を望んでも無理な話であります。

また同じ事を繰り返す「政治家」たち…ではなくて
また同じ事を繰り返す、懲りない「有権者」たち…だと私は感じます。

2010/03/10 (水) 孤独

なぜ、人間はこれほどまでに「孤独」に弱いのでしょうか?

人類の歴史の中で、集団行動を好む傾向にある人種が生き延びてきた
…それだけの理由かも知れません。
集団での言動は、個々が勝手に行なっていたのでは、まとまらないのは当然ですから
自然に「統率」する者が出現し、大部分の者が「統制」される事を望むようになります。
単独行動においては、統率することも統制されるようなことも必要ないはずです。

私はどうやら「孤独」を好む傾向にある人間のようです。
「自分のことは、自分でやれ!」という気持ちが強いので
自身にも相手に対しても、同様な要求をするようであります。
集団社会のルールに反しない限りでは、出来るだけ「孤独」を望む傾向にあります。

キリストも釈迦も、単独で生きる「孤高」な人であったはずです。
彼らを慕う周囲の人間たちが集まって来ただけのことであります。
彼らは教会や仏閣などを願ってはいません。
教団などの人々の集団を目指していたとも思われません。

「孤独」に生まれ出でて「孤独」に去っていくだけの
当たり前のことを、なぜに人々が「恐れる」ようになったのか?
私の中の「疑問」の一つであります。

親しい人との「別れ」の悲しみは理解できます。
当然と知りながら「老い」を嘆き、悪いことのように感じる…
これは理解できません。
子供の成長は嬉しいことですが、成長しないからといって
嘆き、悲しむことも、私には理解出来ません。
それぞれの成長、老衰のあり方があるはずであります。
自分(たち)の都合の良いようには行かないのは普通です。

エゴを前面に出しているから、苦しむのです。辛いのです。
自分は自分…  あの人はあの人…  平均はあくまでも数値上の平均値…

私は、自分の道を、自分の足(やり方)で、歩むだけです。。。

2010/03/09 (火) 変わるのは自分

ある人物の「言動」に対して「何とかしたい」と思ってみても
人を変えるのは容易ではありません。
いや、変えられない…と言って良いでしょう。
強引に変えてみたところで、それは長続きするものではありません。

変えるとするならば、それは「自分」を変えるしかありません。
自分自身のことですから、当然、自分で変えられるはずであります。
ただ、頭で考えるほどに「簡単」ではありません。
コツコツと毎日の積み重ねを実行していくしかありません。

自分が変われば、ある人の「言動」への認識が変わります。
結果的には、対象の人物が「変化」したと同様な事が起きて来ます。
人を変えるのは難しく無理でありますが
自分を変えることで、何とかなるかも知れない…という事ですね。

2010/03/06 (土) 無駄・ムラ・無理

企業の経営に関することでは、「無駄・ムラ・無理」の排除は
とても重要視されていることでしょう。
確かに「効率」の面から考えれば、この「無駄・ムラ・無理」を無くす事は
大切な課題であると感じます。

しかしながら、人が「生きる上」ではどうでありましょうか?
「無駄・ムラ・無理」の排除は、人生においてもプラスなイメージが湧きます。
効率よく生きられたら…それは素晴らしい人生のようにも感じますが
実質は、その正反対であるところの「無駄・ムラ・無理」こそが大切であるようです。
極端な表現をすれば、企業や社会では「無駄・ムラ・無理」の無い世界が望まれますが
人生においては「無駄・ムラ・無理」こそが必要なモノなのです。

経済の発展と「省エネ」とは相反するモノであります。
昔のように何も考えないで、ただ消費し続けるだけでは
エネルギーの枯渇を招き、それ相応の自然の破壊というオマケが付いてきます。
「オマケ」とは言え、それが原因でいくつかの文明が滅んでしまったと
人類の歴史上の事実として残っています。

経済の発展は、人が動き、何かを消費する事で成り立つモノですから
省エネ、つまりは動き(破壊)や消費を止めるということは
経済の発展を望まないのと同じ事です。

自分達に「必要な分だけ」生産し、消費する…自給自足が徹底されたならば
二酸化炭素も減少できるかも知れません。
しかし、それも先進国だけの話であり、今後も発展をし続ける
途上国においては、二酸化炭素や産業廃棄物などの増加は
今後も増え続けるに違いないです。

先進国よりも、途上国の人口の割合が、はるかに多い事を忘れてはなりません。
経済発展の先輩として、先進国がどのような指針を示せるか?
この点が重要なのだと、私は思います。
省エネも「無理」を承知で「無駄」とも思える事を
「ムラ」のある不均等なやり方で進めるしかないのです。
どの国も「平等に」というのは非現実的なこととなるでしょう。。。

2010/03/05 (金) 報酬の公平さ

「天下り」を禁止する…禁止すれば、新規雇用が減る…
アチラが良ければコチラが悪くなる…という訳でありますね。

「天下り」が悪いとは思いませんが
ろくに仕事もしないで、高給だけをもらうというシステムが許せないのです。
高給が悪い訳ではなくて、報酬に見合った「仕事」をしているか?であります。

わずかな時間や年数の勤務で、それだけの「報酬」をもらえるのですか!?
…と感じさせるような人々が多いから、不平や不満が出てくるのです。
「報酬」の分だけの「仕事」をして下さい。
あるいは、仕事に見合うだけの「報酬」に変えて下さい。

楽して私腹を肥やせるような…そんなシステムだから許せないのです。
乱暴な言い方をすれば、一人の裕福者の犠牲で
どれ程の低所得者が救われるか?…となりますね。
困窮者が増えれば、民衆運動が活発になってきますよ。。。

2010/03/03 (水) 業者の思わく?

最近では「節分」の日に「恵方巻き」を食べる人が多くなっているようですね。
わがZOU妻もその中のひとりです。

一説によれば、お寿司屋さんの思惑から「恵方巻き」の習慣を広げられたのだとか…
何やら神聖な「ご利益がある」となれば、誰もが「反対」はしないでしょう。
「○○しなければイケナイ!」という言葉に、大衆は弱いもののようでもあります。
その年の恵方に向かって、無言でいっきに丸かじりしないとダメ…
ちょっと無理でも何とか出来そうな、そんな事に心が引かれるのかも知れません。

「恵方巻き」の他にも、関係する業者の「思惑」が
絡んでいると思われるモノがいくつかありますね。
クリスマスケーキ、バレンタインデーのチョコレート
ホワイトデーのお返しプレゼント…等々。
もっと古いのが「お中元」や「お歳暮」といった品々も入るでしょう。
プレゼントがらみで「花言葉」や「誕生石」などもそうだと思います。

ある行為が「習慣」化されて「風習」だとか「しきたり」などとなれば
「やらない」わけには行かなくなる…困ったものであります。
最低限度の生活困窮者にとっては、悩みのタネとなる場合も少なくありません。
私は、こうした「習慣」を悪く言うつもりはありませんが
モノゴトの本質や基本を見極めたい…その想いが強いだけです。

2010/02/27 (土) 本・「痛みと鎮痛の基礎知識」

本の購入は控えるはずなのに、最近買ってしまった本があります。
「痛みと鎮痛の基礎知識」上・下巻です。

参考 → http://www.shiga-med.ac.jp/~koyama/analgesia/index.html

筆者がwebページにまとめていた内容を、本にしたモノらしいです。
痛みは人間にとって、最も「不快感」を表わすモノだと思います。
でも、私にとってはそれ以上に「不快」に感じたのが
メニエル発作時の「尋常でない感覚」でした。
自分が体験した最大級の「痛み」の方が
まだ我慢ができる…と感じたほどでありましたからね。

人間の「痛み」と、その鎮痛の為のメカニズムを知る事は
メニエルでの「不快感」のメカニズムを知る「手がかり」にもなるかと
少ない小遣いの中から、この2冊を購入した次第です。

体中に感覚器官があり、感覚器官と脳とを結ぶのが神経経路…
「痛み」だけに限らず、あらゆる「モノ」を最終的に感じるのは
「脳」が関係している訳であります。
病気になっても、ケガをしても、「脳」がそれを感じなければ
病気でもケガでもないのと同じことになります。
もちろん、肉体の損傷は実在している訳でありますが…

しばらくは、私にとっての勉強の日々が続きそうです。。。

2010/02/25 (木) 小牧山

先日、4月並の陽気に誘われて、久し振りに小牧山を散歩しました。

暦女の方ならご存知だと思いますが、濃尾平野に孤立するこの小さな山は
信長、秀吉、家康との関わりがある場所であります。
標高85.9メートルで、頂上には城の形をした歴史館が建っています。

昭和43年(西暦1968年)に、家族と共にこの地へ越してきた私の目に
まず最初に飛び込んできたのが、この小牧山と城だったのです。
住居となっている事業団宿舎の近辺には、まだ店舗がなく
大きな買い物は、小牧山の麓となる小牧市街地まで出るしかありませんでした。

越してから半年後には高校進学となり、この小牧山の麓にある高校の
定時制学生となった私でありました。
小牧山全体が公園のようなもので、桜の名所ともなっています。
交際中の妻とも、デートした場所でもありました。
青春の悩み多き頃に、この山に登って気分を一新したような時も。。。

人間の歴史の中では、このような小さな山など消してしまうような行為もあります。
事実、妻の実家の近くにあった二つの山のひとつが
長年の採石(?)の為に、その姿を無くしてしまっています。
私の人生への関わりの深い、この小牧山が
いつまでも変わらずに、存在し続けて欲しいと願うばかりです。

2010/02/24 (水) コメントをグッと我慢

メニエル関連のサイトで、自分がコメントするのを控える決心をしましたが
情報を得る為に、訪問は続けています。

その中で「新たに診断された」人や「自分でそうだと感じている」人など
いわゆる「初心者」となる人達の投稿が目立ちますね。
いつか、どなたかが言っていたように「駆け込み寺」的な思いがあるのかも知れません。
しかし、ネット上で「メニエル仲間」とおぼしき人々の中へ入っただけでは
「救われる」ことはないのです。
確かに、自分の周囲に「メニエル」体験者は少なく、症状への理解者も
皆無に等しい環境であるから「孤独感」にさいなまれる事は
発症から20年近い私でも、いまだに体験していることです。
ネット仲間は、あくまでも「共感」や「共通体験」を語る事ができるだけです。
「駆け込み寺」のように「生活の保障」を前提にしたモノではありません。

私は、どちらかと言えば「放任主義」で、自分の子供たちにもそうして来ました。
現在の妻(身体障害1種2級の難病患者)に対してもそうです。
「放っておく」のではなく、自分でやれる事は「自分でやれ」という事です。
ですから、ネット上で知った「メニエル初心者」らしき人々の言動に対して
「自分で考え」て「自分で行動」しろよ…とコメントしたくなってしまいます。
「困っている現状」を訴えて「どうにかしてくれ」みたいなコメントは
私の感情を刺激してしまいます。
わからなかったら「自分で調べて」見るのが先ではないのか?
症状や薬で疑問があれば、尋ねるのは専門家というのが順当では?

また、「ストレス発散」が目的だと思われますが
「文字だけの言葉」で吐き出しただけで、発散できるような
その程度の辛さや苦しみなのでしょうか?
私に症状が出ていた頃は、PC操作も画面を見ることもできない程でしたから…

同様な「仲間意識」の中に浸っていると安心…なのかも知れませんが
人数が多くなればなるほどに「無責任」さや「問題行動」が
エスカレートしてくるのは「必然的」な現象であります。
闘病生活において、対面する相手(ドクターや家族など)を
最も重視すべきものであり、ネット上の「仲間」はあくまでも「仮想相手」です。
もっとも、オフ会などで実際に逢ったり、逢わなくとも逢ったと同様なぐらいに
心身共に「信頼」のおける相手というぐらいであれば、別ではありますけれどね。。。

2010/02/23 (火) 時間

前回は「人のリズムが3分間」という話を書きましたが
時間を表わす数値が「3の倍数」である事に気がつきました。

60秒が1分、60分が1時間、24時間が1日で
30日前後が1ヶ月となり、366日より1日だけ少ないのが1年です。
人間の脈拍は、その時の状況によって数値が変わりますが
ある人の一生の間の脈拍数の平均値を出せば、もしかしたら
1分間に60回となるのかも知れません。

睡眠時の、レム睡眠とノンレム睡眠とのサイクルは、およそ90分ぐらい。
偶然なのか、人間の還暦という風習も60歳となっています。
他にも12ヶ月、干支は12…
1週間は7日なのですが、聖書によれば、6日間働いて1日休んだという
安息日がプラスされているからで、基本は6だと思います。
結果的には7の倍数となるので、4週の月と5週の月があるなど
誤差が生じることになってしまっています。

週を6日にしていたら、人間のリズムにピタリと一致したはずです。

季節については「四季」と言われるように4シーズンあるのですが
私が考えるには「三季」ではないかと思います。
冬と夏がまずあって、冬と夏(あるいは夏と冬)の間の季節がある訳です。
3種類の季節があり、その中の一つが2回に分かれているだけだと思います。

人間は地球上の生物でありますから、地球の公転や自転でのリズム
バランスなどの影響をモロに受けているのだと思います。

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