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日記をブログで継続しようと思っています。よければこれからもそちらをご愛顧ください。
お正月になると元旦から突然ジョギングなどを始める人がいて、一時的な気分の盛り上がりで始めたものは長続きしない場合が多いので、ボクはなるだけそういうのは控えることにしている。
と言いながら本当のところは、お正月になると、始めてみたいなというものがたくさん出てきてしまうので、少し整理しないと全部共倒れになってしまいそうだから。
前回も体をケアしていこうということを書いたところなので、好きな野球が長く続けられるよう、球技にご利益のあるという白峯神社にお参りしてきた。
ここは蹴鞠(けまり)にゆかりのあるところで、それで球技の神様ということになったらしい。特にサッカー選手の絵馬が多く掛けられていた。現役のJリーガーのものもたくさんある。神社の正面には、現役時代のラモス(今年から東京ヴェルディの監督)のサインが掲げられていた。

右がラモスのサイン。その横にはなんとアルシンドのものが!なつかすぃー。
ここのお守りには「闘魂」の文字が入っている。何だか高校生みたいだなと思いながら、結局買ってしまった。

実際、闘魂の文字を身につけるのは(笑)、高校の野球部で練習着に書いていた以来だ。子供たち2人にも色違いを買ってあげた。それぞれサッカーや水泳などスポーツのお守りにするらしい。
皆が健やかでありますように。
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■2006/01/16 (月)
肉体は単なる乗り物? |
スピリチュアルな考え方では、魂という本質があって、肉体はそれを乗せる乗り物に過ぎないというのがある。ボクは結構こういうの好き。魂の世界(つまりあの世)では、どんなに遠くへも瞬時に到達できるし、時間という概念もない。肉体的な痛みももちろんない。唯一不可能なのが、実体がないので「体験」ができないこと。それを経験するために、この世にいわば不便さを体験している。
現世では肉体の制限の範囲でしか行動できない。遠くへ行くにも時間が掛かるし疲れもする。老いもする。そういった制限の中で、苦しみや逆に到達したときの感激などを体験できる。
闇があって初めて光の存在が認識できるように、体験を通して、存在のありがたさやすばらしさを再確認できるようにできている。
肉体は単なる乗り物のなのかもしれないけれど、その乗り物があってこそ人生の旅や、また精神の旅を実現することができる。そういう意味で、体を年相応に維持メンテしていくことは大切なんだろうな。
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■2006/01/12 (木)
厄年?大殺界?大吉!! |

厄払いのご祈祷に京都の八坂神社まで。はー、厄年か〜。今年は本厄で、かつ3年続く大殺界の1年目(土星人の(−)です)。しばらくおとなしくしてよう。
厄年といってもこの年に突然災いが降りかかってくるわけではなく、これまで無理してきてたまっていたツケが回ってくるタイミングなんだよな。若い頃と同じような気持ちで突っ走ると、体力は下っているので運動会のお父さんのようにコケてしまう。うまく現在の体力に気持ちを同調させていこうよというシグナルだと思うことにしよう。
お祓いを済ませ、今年はそういうことだからあまり期待せずに、ただ単に毎年のお約束でおみくじを引くと、なんと「大吉」!本当に祈るようにして引いていた年もあるのに、この10年は全く大吉っていうのは出なかった。うーん、いい年なんだか、悪いんだか。
でも悪い気はしないな。「やっぱりダメかー」なんていうとき、気持ちを下支えしてくれるようなありがたみがある。お守り代わりに財布に入れて持ち歩こーっと。
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■2006/01/07 (土)
お正月休みはあっという間に終わり |
やりたいなと思っていたことはほとんどできず、年末の掃除、年明けのお参りとか、いつもやる行事をこなしたら、終わっちゃったなー。
結局お正月から何かを始めようというのは間違いなんだろうな。
お正月は1年間の疲れを取る期間で、これからの1年に想いを馳せたりする時期なのだ。年末には区切りをつけようという風習が日本にはあって、むしろ忙しいのでそれはできないから。
年末にことさら1年の区切りをつけようと意気込む必要はなくて、まとまった大掃除はゴールデンウィークでも夏期休暇でも、時間が取れるときにやればいいんだけど、そこで2日も3日も掃除だけに時間を取ったら、家族からブーイングが出そうな気がする。
挙句「普段からちゃんとしとけよ!」なんて言い争いが始まったりして。年末は、大掃除に時間を割いてもいいよというコンセンサスがあるので、やりやすいんだろうな。
やや休み疲れを引きずりながら自転車出勤。自転車は年末に手入れをしたので、交換したブレーキシューでキュッとよく止まる。止まれることに安心できていないと、ちゃんとした速度で走れないもんな。
チェーンに油も差したし、タイヤの虫ゴムも換えたしいい感じだ。手入れをしていると、普段乗っているときは全く気にならないようなところにまで、手入れが行き届いていないような気持ち悪さを感じることもあるけど、そういうもののほとんどは、細かいジョイント部分に油汚れがたまっているなとか、緊急にやらなくてもいいことが多い。一度に全部やる必要はないし、徐々にやっていったらいい。
自転車通勤に変えてからもう4年以上が経つ。1日往復15キロだから、ゆうに1万キロ以上漕いだことになる。当時はまだ体調が悪く、体力のストックがゼロのような気がしていたので、そこからいつの間にか積み上げていたというのが嬉しい。
そのとき仮に1万キロを目指すぞ!と目標を立てていたとしても、当時は途方も無い値に思えただろうし、達成したところで数字自体に意味は無く、「だから何なの?」だったかもしれない。目標はとにかく家(会社)にたどり着こうというぐらいだったけど、それこそが目的そのものであり、その意味などを考える必要もなかったからむしろよかったのかもしれない。
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■2006/01/02 (月)
生きるモチベーション |
「能力の差は2倍、やる気の差は100倍」という言葉がある。クダラナイ管理職が、能力のない者は人の100倍気合いを入れて働け、というような精神論を披露するときによく引用されて、実際そのような場面を先日経験したばかりなんだけど、元の意味は違うんじゃないかなって思った。
単に能力だけを増やそうとがんばっても2倍くらい。だけどそれはモチベーションによってはゼロにも100倍にもなる。そこで感じたのは、目指すべき方向とはつまり、誰にも負けないように資格試験なんかの鎧で武装することよりも、生きるモチベーションを高め、維持することに心を配ることの方が大切なんだろうということ。
そういったことを再確認したところで、少しずつ目標めいたものを持てていければいいな。資格とか、そういった数字や結果は目的ではなくて、自分へのご褒美だったり、道のりの困難さを味わうためのものだったり。
内的な高まり(もちろん盛り下がりもあることも含めて)を意識しながらこれからの一年に当たりたい。周りから見るとやっていることは同じようにに見えても、その意義は実は全く異なったものなのだ。
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■2006/01/01 (日)
よい一年でありますように |
あけましておめでとうございます。今年も皆様にとってよい一年でありますように。併せてこのでーぶダイナーも皆様のおそばに置いていただけると嬉しく思います(笑)。
毎年、一年の目標なんて特に定めずにやってきて、今年もその流れに沿ってやっていきたいな。だって今年は厄年でかつ大殺界の1年目だから。おとなし目に過ごそう(笑)。
というのはまあ別にして、やっぱり現代というのは刺激や雑音が多すぎて、心を休める機会が減ってきている。副交感神経の働きが低下してしまうと、いくら交感神経が活発になることをしても、バランスが崩れてしまう。
パフォーマンスを上げるためにもむしろ積極的にぼちぼちいこうよ、というこのサイトのテーマは、少なくともボクに関してはうまく機能したようだ。目標に向かってわき目も振らずにまっしぐら、というよりも、もっと体をゆるめて、うまく微調整をしながら波を捕らえていくというイメージでこれからもいけるといいな。
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■2005/12/23 (金)
アンネ・フランク・ハウス2 |
部屋には、日記の読者にはよく分かる品々が展示してある。寂しさを紛らわすために壁に貼っていた当時のアイドルたちの写真やポスターの数々。表の工場の人たちに悟られないように夜にしか水を流せなかったトイレなど。あー、ちゃんと読んでおけばよかった。猛烈に読みたくなった。
遅まきながら、この後「アンネの日記」を読んでみることにした。従来版に加え、90年代になって「完全版」というのも発行されているようだ。アウシュビッツから生き延びたお父さんがこの日記を刊行する際、意図的に掲載していなかった身内ネタとか、世間に公表するに当たりふさわしくないと考えた部分もそれには含まれている。単なる少女の日記ではなくて、今ではもう歴史的な事実を伝える貴重な証拠品になっているんだな。
小説ではないので必ずしも戦況と絡めながら書かれているわけではない。またせまい密室空間での共同生活の窮屈さばかりを書いているわけでもない。日記の中には、「あの男の子は私のことばっかり見てるのよ」みたいな十代の女の子にありがちな自意識過剰だったり、自己顕示欲だったりが見て取れて面白い。そんな日常の些細な出来事を淡々と織り成す中に、この少女の後の運命を重ね合わせると、一転全く違った趣きのもの見えてくる。
表面に見えているものから、その本質、内側を推し量るのは容易ではない。わずかににじみ出るものからや周辺の情報から「感じる」必要があるけれど、でもその辺りの感性は雑にならないようにしたいな。
例えば表面的にはひとつの小さな笑いだったとしても、その笑顔を取り戻すまでに、長い葛藤の期間を乗り越えてきたという過程があったりすると、ただの笑いとは違って見えてくる。
またテレビでスポーツ選手の表面的には華やかな勝利の瞬間が映っていたとしても、そこに至るまでのプロセスや、あるいはたまたま今回は敗者の役を演じることになった相手に想いをはせると、それは単なる1勝ではなくなってくる。
戦争の悲惨さを語るのに、戦争とは、平和とは、などと説明されると途端に「理屈」の世界に入ってしまいそうになる。日記のエピソードを積み重ねる中で、全体に感じることの方が深い気持ちの揺さぶりを覚える。現代のボクたちは、少し説明過多の理屈に慣れ過ぎているのかもしれないな。
そう思いながら、もう一度日記を読み進めてみよう。
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■2005/12/15 (木)
アンネ・フランク・ハウス |

アムステルダムでアンネ・フランク・ハウスを訪れた。初めてオランダに行ったときにすでにボクはここについて名前を出しているので何かしら関心はあったんだろうけど、実は「アンネの日記」にはひと通りの知識しかなかった。
学校でも習っただろうし、一般常識の「単語」としては知っているけれど、隠れ家での生活を綴っているんだよなというくらいで、詳しい内容はよく思い出せない。最近は子供の頃に聞いた童話の内容があやふやになっていて、「金太郎」って結局は何した人だったか、はたと考え込むのと大して変わらないレベルだ。
でも今回初めてアムステルダムの中心地に泊まって、空いた時間が2時間ぐらいしかなかったのに、よし、ダメ元でもそこに行ってみようと思ったのは、何かしら引きつけるものがあったからに違いない。
行ってみて驚いたのは、意外と街中なんだなーということ。2年間も隠れ住んだというのだからもう少し辺ぴなところかと想像していた。アムステルダム中央駅から歩いて15分ぐらい。建物の前には運河が流れ、隣にはアンネもその鐘の音を聞いたという西教会がある。

西教会
元々一家はドイツに住んでいて、弾圧を逃れてお隣のオランダ移住していたのに、オランダがドイツに占領されてしまったので、ここまで魔の手が伸びてきたというのだからやるせない。日記も最初は隠れ家生活の前から始まっている。
建物の中は急な階段の突き当たりの部屋に本棚があり、これが開閉して隠れ家となる裏手の部屋に通じる。からくり屋敷みたいで面白いな。なーんて、のんきなことを言っている場合じゃなかっただろうな、実際のところは。
窓の向こうには中庭があり、その中庭を挟んで隣の建物がすぐ目の前にある。向こうの人からは見えなかったのかな?住居として見ると狭くて息苦しかっただろうけど、隠れ家だと思いながら見ると意外と広いな。いやいや、とはいってもここに2家族同居だからなー。やはり大変だ。
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