|
■2005/05/30 (月)
日記、引越してます! |
みなさーん!!!
ここのページにお知らせするのをすっかり、忘れていてすみませんでした。
実は日記を引越しました。
なんと、遅ればせながら、今巷で大ブレイク?!のブログ(Blog)にしてみたのです。
・・・とまあ言っても、Tannyの移動の動機は
「写真がUPしやすい」
「字数制限がない」
というだけなんですが・・・
URLは以下です。どうぞご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/morena_2005
|
■2005/02/02 (水)
日本食レストランとパリージャと |
今日も友人の職場でメールチェックをさせてもらい、胃腸がまだイマイチなmi maridoが日本食ランチのオススメを教えてもらった。
ミクロセントロのParaguay 421にある「入り船」ココは、Belgranoにある「ビストロ東京」と同じオーナーだとかで結構いけるとのこと。「ビストロ東京」は在ア時代に美味しくなおかつ和の器がおしゃれで何度か行ったことのあるお店。当時は日本駐在員夫人で陶芸をされていた方の器を使った、ちょっとこじゃれた店として印象的だった。あそこの姉妹店ならきっと美味しいだろう、と期待が高まる。
「入り船」の店構えは日本食レストラン、というより小じゃれた洋風バーの雰囲気。メニューにも日本人が普段食べたいような、丼モノや定食が並ぶ。なるほど、これなら日本人も喜ぶという内容だ。気になるお味は・・・
丼評論家を名乗っていたことのある私は王道の親子丼を注文、mi maridoは
定食。味噌汁もダシの効いた薄味で美味しい。これなら日本人一世や観光客の日本人も満足。
夜は日本庭園ボランティア時代に大変お世話になったRさんの運転で夜のプエルト・マデーロをドライブし、パリージャ「シガ・ラ・バカ」へ。ここはとにかく美味しいし値段も手頃で地元っ子に大人気のお店。早めに行ったのでゆったりオードブル、お肉と赤ワインを堪能できた。
Rさんはフォルクローレに詳しく、昔現在の天皇陛下訪ア時に、献上のフォルクローレダンスを披露した人。彼のお陰で私は地元の良質フォルクローレライブをたくさん見に連れて行ってもらった。車で自宅まで送り届けてくださる紳士なので、安心して夜遅くなるペーニャのライブへも行けた。
当時の楽しい思い出話をしながら、時間はあっという間に過ぎる。
お別れの際にはRさん、私にまだ知らない若手実力派のCDをプレゼントしてくださった。いつも温かな人、なのだ。
|
■2005/02/01 (火)
いろいろな人と再会 |
お世話になっている旅行会社をしている友人がホテルで朝食を取っていたら訪ねて来てくれた。早速オフィスへ行って色々おしゃべり。ランチは友人ご夫妻と共に近所のスペイン料理屋TANCAT(タンカット)へ。私にとってこの店は昔仲良くしていた若くして逝ってしまった優秀な日系人通訳Mちゃんと行った事のある懐かしの店だ。
しっかりとイカ墨リゾットなどを頂き、時間をかけて楽しく食事。
午後から元職場である日本庭園へ。今日本から赴任しているシニアボランティアのNさん、それからサッカーチーム、ボカの驚異的ファンであるキオスコで働くamigoEに会うためだ。他の同僚達も元気かな?等気になる所。
日本庭園内は池のドロ掃除など大体的な工事が行われ、かなり改善されていて驚かされた。私の勤務当初、目標としていた所に確実に近づきつつある。このアルゼンチンにあって、そのことはにわかに信じ難い事実だ。よくぞ努力したね、と元同僚だったMと笑顔で会話した。事務所もすっかり整備され、一流の会社のように組織化されていた。
Eもキオスコ経営が順調の様子で元気そうだった。Nさんは住居関係等アルゼンチンならではの面倒な手続きに色々翻弄されたようだが、お元気そうでアルゼンチンでの生活を楽しまれている様子。よかった。
夜は、前回2002年の訪アの際楽しくお話したM夫妻と夕食の予定。だかmi maridoが胃腸不調でどうにも起き上がれなくなる。医者に行くほどじゃないから行ってきてくれていいよ、とのことなので気になりつつも、迎えに来てもらったのでゴメンね、とあやまりながら夕食へ。M夫妻も大変気にしていたがこの日に食事しないと後の日程に支障が出るので彼らのオススメのパレルモ・ビエホのパリジャーダへ。
日本では考えられないほどの分厚い生ハムの盛り合わせを頂きながら、「この店は量が多いから」と1人前ずつ注文したら案の定3人でも食べきれないほどだった。
気分的には焦りつつもやっぱりたっぷり2時間かかって夕食を済ませ、ホテルに戻ったら待ちくたびれたmi maridoがホテルで1人寂しく食事したと聞いて大変申し訳なく感じた。
ファナたちのメンバーでギタレレ(弦楽器)を買ってきてと頼んでいたアルゼンチン人Eが楽器を取りにきたそうな。すれ違い。残念。
|
■2005/01/31 (月)
2日めのNotoriusではジャジーに・・・ |
月曜日、普通アルゼンチンではライブ活動はない曜日だが今日は違っていた。兄弟と呼び合う弟分アレハンドロ・フラノフのアコースティック・トリオのライブが昨夜と同じNotoriusで予定されている。
昼間は例によって、フロリダを中心に街を散策した。
夕方はライブを夜に控えたアレが家に私達を招待してくれたのでお邪魔した。コロン劇場から程近い、コリエンテス大通りとヌエベ・デ・フリオ大通りからも近い便利な場所だ。住まいはアレらしく楽器がいっぱい。現在この部屋を皆で使うスタジオにしようと改装中で、壁にスポンジが張られていた。
「まあ、マテ茶でもどう?」といつものようにニコニコした彼のペースにのって、ノンビリ。全くこの人、天真爛漫な子供のようなのだ。mi maridoが手にしたジンベをたたき出すと早速アレは目を輝かせて得意のアコーディオンを持ち出した。即興セッションが始まる。あっという間にレコーディング完了でCD−Rに本日の作品「メレンゲ・ウノ」が完成。
本日演奏するトリオのメンバーのフェルナンドが楽器を取りに来てもアレは相変わらず、演奏をやめようとしない。フェルナンドの方もそんなアレに慣れている様子。やっと演奏を辞めたアレと機材を階下に降ろしてようやく会場入りだ。キーボードを持参している。「Notoriusのピアノは使わないの?」と聞くと「あのピアノいまいちなんだよね。」と。タクシーに半ば落ちそうな状態で積み込まれたキーボードが気になりつつも、また後で!と挨拶し一端別れる。
Notoriusに行くとトリオはリハの最中。見るとピアノを演奏している。あんなに大変な目をして運んだキーボードを潔く使わないところに驚いたというかあきれたと言うか・・・全くアレのペースだ。
昨夜と同じmoza(ウェイトレス)が昨日と同じ?とオーダーを聞いてきた。全く違うメニューを注文。
アレの本格的なジャズは初めてだったが、本人のキャラクターとは違った方向ですごく心地よい大人な素晴らしい演奏が披露。質の高い演奏に、このメンバーでのCD発売が待たれる。
観客の中に思わぬ再会、ファナ・モリーナが夫のフェデと一緒に聞きに来ていたのだ。向こうから声をかけてきてくれて「2人が来るとは思ってなかった」と言うと、本人達も「今日来る予定なんてなかったの、たまたまよ!」と実にアルゼンチン人らしい返事。
ファナ達やアレと演奏後の時間をもっとゆっくり過ごしたかったが、時差による睡眠不足もたたっていたので、ほどほどで失礼した。しかしいい音楽を聴いた後は心地よくリラックスし熟睡できた。
|
■2005/01/30 (日)
アグスティンのライブ |
うずうず我慢できない私たちは、シャワーを浴びて予想以上にfresco(涼しい)なブエノスアイレスを秋に着るような服装で装備し、すぐさまコリエンテス通り沿いのCDショップに繰り出した。
CDは物価に比例して値上がりしている。現地の人が買うには厳しい値段。しかし新譜と旧譜の価格差が大きいのも面白い。対ドルで考えると私の暮らしていた2001年現在の約3分の1で観光客には安くていいお土産だ。
いつも行くCorrientes y CallaoのZivalsとGandiには相変わらず品揃え良く多彩なジャンルの豊富なCDが揃っていた。Zivalsではたくさん買ったので特製のおしゃれな卓上カレンダーと同紙袋をもらった。
夜は前もって連絡を取っていたアグスティン・ペレイラ・ルセナのライブにZivalsから程近いNotoriusへ。私の暮らしていた98年当時からのおしゃれな店構えは健在だが、店内が幾分狭く改装されていた。おもうにオシャレで重厚な建物の1階にあるため、住民からの騒音苦情対策による改装では・・・と。
アグスティンの許可も得て、ライブの様子をビデオ録画。3年ほど前にライブに行ったことがあるのを、一緒に出演するアドリアナ・リオスも覚えてくれていた。彼女はポルトガル語で歌い、そしてフルート、パーカッションもこなす才媛だ。アグスティンとCDで共演するアレハンドロ・サントスの奥さんでもある。
アルゼンチン人のボサノバ。日本人には奇妙に思えるかもしれないが、彼の演奏は本場ブラジル人をも唸らせるホンモノで、ブラジル人アーティストとの共演も多い。そのことは日本で彼のLPがCD化されていることからも納得がいく。
参考サイト
http://www.hmv.co.jp/news/newsdetail.asp?newsnum=311120044
http://www.jvcmusic.co.jp/worldmusic/latin/buenosaires/buenosaires.html
彼の人気は地元でも圧倒的な様子で日曜夜にも関わらず店内は満席。そして演奏は冴えわたる。アットホームな雰囲気の中、心地よいときが流れ、本当にこのライブに間に合うようにブエノスに来れて良かった・・・と思った。
アグスティンの演奏をいつか日本で聞ける日が来るといいな、と彼と話し、是非実現に向けて努力するよ、と約束し別れた。
飛行機は思いのほか乗り心地が悪かった。ロスまでが結構つらかった。
ロスではアメリカの新しい法律により、通関チェック。両手人差し指の指紋と顔写真をパスポート確認時に撮られる。これが思いのほか時間がかかり、ずーっと立ったまま並んで待つため疲れた。お陰で飛行機の待ち時間は想像していたよりも短かった。バリグはバッゲージ・スルーなので荷物のピックアップの必要がないのは大変ラクだった。(それがあってバリグにしたのだけど。)
ロス-サン・パウロは同じ飛行機だったが最初の11時間よりも幾分かラクに過ごせた。何故だかわからないけど。
サン・パウロでの待ち時間は1時間程度だった。かなり短い。サン・パウロ空港内ではチップ程度でマッサージしてくれる設備があったが、特に肩こりも感じていなかったので受けず。売店でたまたま欲しかったマリア・ベターニャ等ブラジル音楽のCDとDVDが安く購入できてラッキー。プロポリス・のどスプレーが欲しかったが空港では販売していなかった。
結果的にブエノスまで今までで一番短い27時間で到着できた。
空港には「多分迎えに行けないとおもう」とメールをくれていた日系人の友達Mが思いがけず迎えに来てくれていて、久しぶりの感動の再会。やはり到着したときに迎えの人がいると嬉しいし、ホッと安心できる。
レミスを待たせてくれてたので、そのまま荷物を積み込んで車で30分ほどブエノスへ向かう。天気は曇りで、ぽつぽつ小雨が振り出す涼しい気候だった。
ホテルについてすぐさまランチへ。3人でフロリダ通りへ出てピザ屋へ入る。早速懐かしい!とエンパナーダを注文した。Mがウミータ(トウモロコシのホワイトソース具)を選んだが、それは私の大好物だったので、最初に注文したカルネ(牛ひき肉)を彼に食べてもらい私達はウミータを横取り?させてもらった。美味しい!
ピザのチーズ味も日本では味わえない塩加減でルッコラ、バジルたっぷり、最高だった。
その後しばしフロリダを散策。Mと別れてホテルに戻り、休息。
久々のブエノスの街はほとんど変わりないが、少しだけ変化があった。
観光客が増えていた。そしてホームレスと物乞いが以前より目に付くようになった。路上で眠る人々が増えている。仕事がない人、仕事があっても働かない人の両方がいるという。お金をせがむ人に与えるのはたやすいが、果たしてそれが解決の方法だとは思えない。
|
■2005/01/29 (土)
いざブエノスへ!!! |
午後のバリグでロス-サン・パウロ経由でブエノスへ向かう。朝まで荷物をまとめた後、成田エクスプレスで空港へ。朝早くないのはラクだ。
真夏の南米に向かうのにそんなに荷物はないが、帰りに色々買いたいから、ほぼカラ同然のスーツケースを大小2つ用意した。万が一預け荷物が紛失した場合も考え、手荷物にも最低限の着替えを入れたら手荷物が大きくなってしまった。まあ仕方ない。
空港で最後のお土産を探し回っているとき、アルゼンチンでお世話になったブエノス在住の人にばったり出くわした。「今からブエノスですか?私もですよ!」と。
その方と飛行機の便は違っていたが、何だか奇妙な偶然の遭遇。
出発前には現地でなかなかないもの、、、と考え結局薄味の五目中華そばを食べた。中国人の中華はブエノスでも食べられるが、意外と日本風ラーメンは食べられない。
わくわく2人での出発。
ブエノスアイレス日本庭園時代の同僚で、今日本で働くCより長電話があった。荷造り中の手を止めて、いつものようにスペイン語の弾丸トークをする彼女の餌食に・・・
もちろんアルゼンチンのことは私も住んでいたから良くわかっている。初心者じゃない。だけど、彼女は一応心配してくれているのか?空港についてもタクシーは拾っちゃダメだよ、ちゃんとレミス(ハイヤー)に乗りなさいとか細々と教えてくれる。
また彼女のおじさんで私とやはり職場の同僚だったHの連絡先も改めて教えてくれた。3年ぶりのHとの再会は楽しみだ。Cは私が現地に行って直接電話してびっくりさせたらいい、とあえてHには私がブエノスへ行くことは内緒にしているとか・・・
C自身、3月に久々ブエノスに里帰りする。3ヶ月くらい今回は滞在する予定だとか・・・ウラヤマシイ話だ。もちろん現地でマテを買って、アルファホールを買って・・・と話す彼女は「私にお土産はいらないから」と笑っていった。
とにかく気分はもう南米!楽しみ!!!
|
■2005/01/27 (木)
残業も生活も峠越え |
やれやれ、相変わらず残業しているがとりあえず峠を越えた感じで人並みになってきた。但し職場の業務比重の不均衡は変わらず。
頭を南米モードに変えて、時差-12時間、気温30度に適応できる体にしないと。
何よりうれしいのは懐かしい人に会える、そして美味しい牛肉をたくさん食べられる、いい音楽をいっぱい聞ける事・・・
日本の忙しい生活をしばし忘れて、ノンビリ南米モードに切り替えよう。・・・といっても滞在期間は限られてるから結局バタバタしそうだが。
とりあえず、日本の時のように道をバタバタ走るのだけは止めよう。泥棒、スリなど悪事を働いて逃げてるとおもわれるから。
さて、日記に書きたいことはまだまだあるが、とりあえず荷造りを!
Hasta luego!!!
|
■2005/01/20 (木)
アルゼンチン、ウルグアイ旅プラン |
毎日残業が続き、その日中に帰れるか帰れないかの生活だが、そろそろアルゼンチンやウルグアイからのスケジュール連絡もあり、日程を決め始めているところ。
1/30(日)朝:Bs.As.到着。
・アルゼンチン人ボサノバギター奏者で有名なアグスティン・ペレイラ・ルセナのライブがある。なんとしても行かなければ。
1/31(月)
・アルゼンチン音響派のアレハンドロ・フラノブのライブがノトリアスで。(確か前日のアグスティンもノトリアスだ)。
ノトリアスはとってもイケてる在ブエノス時代お気に入りだったカフェ&ライブスポット。現在はCDショップガンジーと合併?したのかノトリアス・ガンジーという名に変わっているようだが。場所とその辺りをきちんと確認して行かねば・・・
2/3(木)早朝:ブエノス→ウルグアイ・コロニアへ。後ウルグアイ・首都モンテビデオに移動し、カンドンベなどカーニバルを鑑賞。
2/8(火)昼:モンテビデオ→ブエノスへ。
2/12(土)夕方:ブエノス発
この間に、会いたい人々、15組はくだらない・・・また夜はライブ予定を入れる。うーん、時間繰りが難しいところ。はっきり言って本当は1ヶ月は休暇があっても全然足りないだろう。
その間にブエノス及びモンテで開催されるオススメのタンゴ、フォルクローレ、その他ライブがあれば教えてください。
|